第7章:真実が落とす影


カナンから休日命令を言い渡されて二日目。

久方ぶりに母のいる我が家にいるおかげか、普段では考えられない程に爆睡してしまった。


「アルフレド、そろそろ起きてちょうだい」


母…レティシャの呼びかけで、目を覚ましたアルヴィンは欠伸を掻きつつベッドから上半身を起こした。


「ふぁ…今、何時?」

「もう十の鐘が鳴ったわ。疲れているのは分かるけど…さすがに寝過ぎよ」


眠りすぎると逆に健康に悪いのよ、と窘めるレティシャに、アルヴィンはぼんやりと目を瞬かせて「あー…ごめん」と軽く謝る。

ベッドから起き上がり、生欠伸を数回しながら食事の席に着く。

テーブルには、焼き立てのパン、オムレツ、ベーコン、新鮮なレタスとキュウリ、トマトのサラダが揃っていた。


「いただきまーす」


シンプルな献立だが、アルヴィンにとってはおふくろの味で最高の御馳走だ。


「うまぁ~」

「おかわりあるわよ」

「ん~、いる~」


オムレツとぺろりと平らげて、サラダを味わいながら、アルヴィンはおかわりを予約する。

モグモグと咀嚼しながら思った。

なんて穏やかな時間だろう、と。


(…でも、明日になりゃまたミラ様と雇い主様に翻弄される日々に戻るんだよなー)


この数ヶ月の間、あまりにも劇的な展開が続いた。

ラ・シュガルに喧嘩を吹っ掛けたり、ア・ジュールの上層部に目をつけられたり…それこそ、ドラマティックすぎる出来事が目白押しだった。

それでも…この世界に初めて迷い込んだ時のような絶望と焦燥感はなかった。

知人の医師の息子や、元軍師の老人、騒がしいぬいぐるみや少女もいたり…むしろ、誰かと旅をする事に満ち足りた充足感を得ていた。


(…誰かと旅するのが『楽しい』だなんて…)


アルヴィンは瞳に陰りが生じる。


(…目的は…変わってないだろ)


旅路で、カナンに何度も「嫌なら途中退場して構わない」と言われてきた。

事実、思考がついていけない状況が幾度となく続き、雇用契約を無効にしてもらいたい気持ちも湧いた事は嘘ではない。

それでも、共に旅を継続してきた。

そうしないといけない“理由”があったから。


「ねぇ、アルフレド」


母の呼びかけに、ハッと我に戻った。


「何? 母さん」

「今、カナンさん達の事考えていたでしょう?」

「…えっと…」

「ふふっ、当たったわね。貴方は隠し事とか図星を突かされると、視線が泳ぐもの」


笑って指摘された事に、アルヴィンはバツが悪そうな顔で頬を掻く。


「その様子だと…仲間の人達には【あの事】を伝えていない様ね」

「仲間って訳じゃ…雇い主と成り行きで旅している一団というか…」

「アルフレド」


レティシャが真面目な顔で名前を呼ぶ。


「…貴方が一生懸命、【あっち】に戻る方法を探しているのは分かってる。ずっと…頑張っていた事も知ってる」


でもね、とレティシャが穏やかに微笑んでさらに続ける。


「一人で背負うのは辛い事よ。誰か…信頼できる人に秘密を打ち明けて楽になる方法もあるの」

「…そんな簡単な事じゃないよ」


アルヴィンは眉を潜めて、視線を逸らす。

そう…この20年間ずっと内に秘めていた事をカミングアウトするなんて、【賭け】のようなものだ。

アルヴィンは賭け事を好まない。

賭け事は、それ相応の覚悟を持たなければ、身を破滅させてしまうから。


もしも…自分が“リーゼ・マクシア人でない”とカナンに…ミラ達に打ち明けたらどうなる?

お人好しのジュードや、ローエンは受け入れてくれるかもしれない。

でも、ミラは正体を知れば…自分を殺す可能性はある。


カナンはどうだろう?

彼女は、生まれや種族…そういった特定のカテゴリーで差別するタイプではない。

それでも、不安は尽きない。

もし、最終的に彼らに【拒絶】されたら…自分はあの中にはいられなくなる。


(…こんなに胸が痛くなるなんて…)


アルヴィンは気付いた。

いや、無意識にその感情を押し殺していただけで、とっくの昔に気付いていた。


『ジュード』『ミラ』

『エリーゼ』と『ティポ』

『レイア』『ローエン』

…そして『カナン』


彼等が己の中で特別な存在となっていると…改めて認識したのだ。



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