第7章:真実が落とす影


「最初はびっくりしたわ…幽霊が見えるって事は、私はもう天国へ行く準備ができちゃったんだって思ったもの」


レティシャは右手を胸に当てて笑いながら、当時の事を語る。

彼女と向き合うように、テーブルに座るのは息子のアルヴィンと…カナン。

テーブルの上には、こんがりときつね色に焼けた甘い香りが漂うピーチパイを中心に、温かい紅茶三つが湯気を立てている。


「リエさんの結晶華が…レティシャさんがいた病院の中に落ちていたのね」

「そうみたい。リエは、私とアルフレドの故郷にいる偉い精霊様に殺されそうになったのよ。彼女は悪い人じゃないのに…」


レティシャは憂いのある表情で、リエの境遇を悲しむ。


「でも、リエは…そんな境遇を悲しんでいなかったわ」


当時の事を再び語りだす。


「リエは前向きだった。殺されかかった境遇を怖がるどころか、むしろいい経験になったって笑って済ませちゃったのよ」

「…マジでッ! どこら辺がいい経験なの!? 全然そんな要素見当たらねーよ!」


アルヴィンが顔色を青ざめて冷や汗をかいて、この場にいないリエが自らの母に語ったその言葉に対してツッコんでしまう。

仰る通りです…とカナンは苦笑いをせずにはいられない。

リエのポジティブ思考は、他のエクレシア仲間の間でも有名だ。

自分も案外前向きな思考だと、心友二人から言われているが、リエはそれを上回るレベルだと改めて実感した。


「あの人らしいですね…」

「そこがリエさんの良い所なんだよ」


テーブルから少し離れた、ア・ジュール伝統の織物が敷かれている床に、ゼクシオンとシオンが座っている。

もう一人…あの金髪の勝気な女性、ラクシーヌが今回の護衛任務についているが、彼女は今、ショッピングのため外出している。

彼等に護衛されている要人…アルヴィンの母、レティシャは久方ぶりに帰省した息子とその仲間、そして二人の護衛のために美味しい手料理をふるまってくれた。


「リエと出会ってから…真っ暗なトンネルのような人生が変わっていった。いつも、友達のように接してくれて、時には年上のお姉さんのように叱ってくれて…

気弱だった私を…励ましてくれたの」


『死ぬ事を悲観するよりも、今、生きている時間を大切にしましょう。時はあっという間に過ぎてしまうけれど、重要なのは長さだけじゃない。

その中で、どれだけ楽しくて充実した時を過ごせるか、過ごせないかで…全然違ってくるの。

誰かに忘れるのが怖いなら、忘れさせないように記憶を残せばいいの。例えば、日記を書いたり、ビデオカメラに家族との思い出を残したりしてね…。

それから…友達をつくるの。百人は…無理だとしても、たった一人でもいい…心から信頼できる人がいると自分の世界も変わってくるわ』


“だから…限りある命を精一杯生きましょう。”


その時の彼女の言葉は、レティシャの心に深く刻まれている。

あの言葉が、今の自分自身を形成づけたといっても過言ではない。


「それがきっかけで、私は一日一日を大切に過ごしていったの。同じ病室にいる子とお喋りしたり、夜中にこっそり抜け出して病院内を探検したりした。

ずっと、窮屈で檻のようだと思っていた場所が、遊園地の様に感じられるようになったの。毎日がとっても楽しくて、充実した時間を過ごせた」



*** ****** ***



そんなある日、定期検査で両親が呼ばれた。


『レティシャちゃんの病気が軽快しています!』


担当医が興奮して告げた事に、両親は衝撃を隠せなかった。


『信じられない…現代でも治療が不可能である難病なのに、一昨日の検査で腫瘍が綺麗さっぱりなくなっていたんです。

―――これは【奇跡】としか言いようがない!』


医師の言葉を聞き、両親は泣いて喜んだ。

当人である私も、最初は信じられなかった。

けれど、その事実がだんだん胸に高揚感をもたらしていって、嬉しくて涙が込み上げてきた。


後から知った事だけど…私の病気が完治したのは、リエの結晶華を肌身離さずに持っていたおかげだった。

エクレシアは、治癒の力をもつ種族で傍にいるだけで周りの人間の体や心を癒していく能力がある。

リエは、エクレシアの中でも特にその力が強いみたいで、結晶華になった状態でも私の体内にいる病魔を消し去るだけの威力をもっていたのだ。


『ありがとう。リエのおかげで、私…大人になれる!』


退院して、私は真っ先にリエにお礼を言った。

この頃、彼女はようやく花型の宝石から、まだ完全とは言えないけれど…元の姿に戻れるようになっていた。

私は、彼女に恩返しがしたかった。

まだ自分は子どもだけれど、何かできる事がないか、と一生懸命に尋ねた。


『じゃあ…一つだけいいですか?』

『なに?』


―――“私と友達になってくれますか?”


リエは穏やかに微笑んで、手を差し伸べてきた。

私は、意外なその申し出にきょとんとしたものの、すぐに満面の笑顔でOKの返事をした。

断る理由なんてなかった…だって、私の中で、リエは友達以上の存在だったからだ。



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