第7章:真実が落とす影


「“カナン”……王妃殿下と同じ名前だな」


ユルゲンスの発言に、ジュード達はぎくりとした。

しまった…ア・ジュールでは、カナンは次期王妃という風に国民に知れ渡っている事を忘れていた。

レイアは「やばっ…」という感情が露骨に顔に出てしまい、エリーゼとティポもどうしよう…とおろおろしている。


「ああ、よく言われるんですよ。名前が同じだって」


気まずい空気を取り払う様に、カナンは苦笑して言った。


「ハハハ、確かに…療養中の王妃殿下がこの町にいる訳ないな」


ビックリした…とユルゲンスも笑って言う。

よかった、上手く誤魔化せたようだ。

ジュード達はホッと胸をなでおろした。


「それよりも、『カナン王妃』って有名なんですね。どんな御方なのかしら?」

「うーん…お顔はまだ拝見した事がないからなんとも言えない。なにせ名前以外一切伏せられているからな。族長はお会いした事があるようだが…」

「一般市民の人はどう思っているんですか? 王妃様の事…」

「『精霊と通じ合える種族』とか『ラ・シュガルの大貴族』だとか色々噂が流れているが、陛下が選んだ御方だ。きっと素晴らしい女性なんだと皆信じているよ」


期待に満ちた顔で語るユルゲンス。

彼は知らない。

「是非とも一度は会いたい」と願っているその次期王妃が…眼前の女性である事を。

きっと、ア・ジュールに住む多くの国民が、カナンとア・ジュール王の結婚を早く早くと望んでいるのだ。


でも、彼等は知らない。

…エクレシアと、ア・ジュール王との間に起きた二年前の悲劇を。

…渦中の人物であるカナンが心の奥底で、どれだけ悩み、葛藤を抱いているのかを。

その真実を知っている、ユルゲンス以外の者は素直に喜べない…複雑な心境だ。


「説明は済んだだろ。そろそろ宿へ行きたいんだが…」


その時、イザヤが口を開いた。

まるで、会話を遮断するように…微かに苛立ったような口調だ。


「あっ、すまない…宿屋は既に手配しているからゆっくり休んでくれ。明日また迎えに行くよ」


ユルゲンスはそう言うと、部族がいる宿へ帰っていった。


「…カナンさん、あの…大丈夫ですか?」


エリーゼがたまらなくなって訊いた。

カナンは皆に背を向けたまま、刹那黙っていたが、振り返って皆に見せた表情は…笑っていた。


「宿屋へ行きましょう。お腹すいてきたし…」

「そうだな…明日は早い。少しでも疲れを癒そう」


ミラもそれに同意して、全員に呼びかけると宿屋へ向かう事となった。

ジュードは思った。

カナンは笑っているけれど、心の中では、静かに泣いている…そんな気がした。




【Ignorance is bliss】




一行が宿へ歩を進めている中、アルヴィンは最後尾にいる人物―――イザヤを注視していた。

会った時から、彼が見定めるような目付きで一人一人を観察していた事に気付いていたからだ。

おそらく、ミラとローエン辺りも勘付いているはずだ。

そして、先程のユルゲンスとカナンとのやり取りで、アルヴィンの中にあった考えが確信に変わった。


(こいつ…相当、嫌ってやがるな。ア・ジュールの連中を)


ユルゲンスの会話を半ば強制的に遮った時に…微弱だが殺気に近いものを感じ取った。

もしかしたら、この男の嫌悪の対象はア・ジュールだけじゃなく、自分やミラ達も含まれているかもしれない。

できれば、この懸念が杞憂に終わればいいのだが…。


「俺の顔に何かついているのか?」

「いや、なんでもない」


やばい、視線を向けすぎてたか…と慌てて笑って取り繕うアルヴィン。

すると、イザヤは動くスピードを少し早めてアルヴィンの隣に来るとこう囁いた。


『今のところ、あんた達の事は何とも思っていない』

「……っ!」


アルヴィンはぎょっとして、イザヤを直視してしまうが、彼は興味なさそうに通り過ぎていく。


「……食えない野郎だ」

「何か言った? アルヴィン君」

「いや、別に…」


前へ移ったイザヤの背中に向かって、目を細めて苦々しく言うアルヴィン。

レイアが疑問符を浮かべて訊くが、軽く受け流されてしまう。

ヘンなの…と首を傾げるレイア。

宿屋への道のりは、ぎこちない空気に包まれていた。





【つづく】

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