第6章:【青空と夜空の街】に残された手掛かり


意識が覚醒するや、視界に映ったのは木製の天井だった。

アルヴィンはハァハァ…と息切れをしつつ、上半身を起こすと、首を素早く左右に振って辺りを見回す。


「…夢だった…のか」


…嫌な夢だった。

己の両手を見つめてみた…ぶるぶると痙攣するように震えている。

何故、あんなリアルな悪夢をみてしまったのだろうか?


(疲れてんのか…俺)


そう考えつつも、アルヴィンは俄かにあの夢にでていたもう一人の自分を思い出した。

何かに怯えていた、切迫した表情で…狂気に駆られているようにも思えた。

そして…目から一筋の涙を流していた。



アルヴィンはジッと天井の中心部分を一点集中して見つめる。


(……あいつは、『俺』だったのかもしれない)


幾分か思考が冷静になり、ある仮説が頭をよぎる。

夢に出ていたXは、もしかしたらアルヴィンが辿っていた一つの可能性の世界の『自分』ではないか、と。


もし、現実にいる母が幼少期に病気を克服できず、儚い女性のまま、父と結婚していたら…?

あの船の事故で、父が最後に遺言を残してくれなかったら?

アルヴィンが子どもの時に、母に連れられてル・ロンドへ移住していなかったら?

そして…カナンがおらず、エクレシア達がア・ジュール王の介入に苦労していない一種の別の世界だとしたら…?


一つの道筋が違えてしまい、それらが積み重なった結果…Xは誰も信じられない狼青年となった。

導きだした結論に、アルヴィンは後頭部を掻いて顔を俯けた。


(…俺は、カナンやジュード、ミラの事を…どう思っている?)


最初は、追われている立場の彼等から少し高値の報酬をとれると狙い、金銭目的で近づいた。

しかし、彼らと旅しているうちに状況は変化していく。

ラ・シュガルの思惑、ア・ジュールの追跡…カナンが異界の神であった事、さまざまな衝撃が連発していく。

いや、今思えば…ミラがマクスウェルである事の方が最も驚愕した出来事であった。

何より…アルヴィンにとって一番の問題だった。


(……あいつが『マクスウェル』)


この世界を創造した原初の精霊。

世界を尊ぶ気高き女神。

けれども、同時に…


(くそっ…なんでミラが『マクスウェル』なんだよ!)


この“箱庭の世界”から抜けだす為の、最後の難関でもあるのだ。

ダンッ! と壁を強く叩く。

ミシミシと壁が軋み、耳障りな音色が耳に伝わる。

胸をジワジワと浸食していた苛立ちが徐々に薄らいだ後、アルヴィンはハァ…と重たい溜息をもらした。


「水でも飲もう…」


夢の所為でたくさん汗をかいてしまった。

水分補給したら、気分を紛らわすついでに、外の空気でも吸いに行こうと、宿屋の部屋を出た。


涼しい夜風が頬を撫でるように吹き付ける。

気持ちよさに、手で上下に仰いでいると…見覚えのある人物の後ろ姿が目に入った。


(ディラック先生…?)


ジュードの父親である彼が、こんな夜中に出歩いているのか?

気分転換に散歩でもしているのか…いや、一瞬だけ見えた表情からはそんな気がしなかった。

海停とは反対方向…ボルテア街道へ向かう彼の後をこっそりとつける事にした。



◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



ディラックは、街からそう離れていないボルテア街道で一人佇んでいた。

その表情は厳しく引き締まっており、何時になくピリピリした空気を漂わせている。


「貴方がドクター・マティスか」


背後から聞こえてきた声に、ディラックは咄嗟に振り返る。

夜の闇に紛れて姿を現したのは、狐の仮面をかぶった黒装束の男だった。


「お前が…“ヤクモ”か」

「如何にも。事前にシルフモドキで連絡をした者だ」


ヤクモ…と名乗る男性は、仮面はつけているが、声音と体格から20代前半の青年に思えた。


「ドクター・マティス。貴方に訊きたい事がある」

「私が此処に来たのは、お前たち…アルクノアとは当の昔に縁が切れた事を伝えに来ただけだ。頼む…もう昔の事を穿り返さないでくれ!」


ディラックは深々と頭を下げて、懇願した。

ヤクモは嘲笑したり、暴言を吐いたりせず、ただジッと彼のその行為を見つめている。


「俺は、脱退した構成員を処罰するために来たわけじゃない」

「…なら、何故私に…!?」

「この街にマクスウェル一味がいるだろう。彼らはクルスニクの槍の【鍵】を持っているはずだ…」


ディラックは絶句した。

クルスニクの槍…ラ・シュガルが秘密裏に作り上げた破壊兵器だと、息子達の話からその存在を知っていた。

まさか、その兵器を起動させる装置を息子達が強奪していたとは…。


「大人しく【鍵】を渡してもらいたい。そうすれば、貴方の奥様やご子息、この街の住民に手を加えない事を約束しよう」

「……くっ…!」


ディラックは下唇を噛みしめ、眼前の仮面の男を睨み付ける。

破壊兵器の【鍵】が渡れば、多くの人々の命が犠牲になってしまう。

しかし、自分の過去の所為で、何の罪のない妻子や街の人々を危険な目に合わせるなんてできない。

板挟みの状況に、ディラックは瞼をギュッと瞑り、答えを口にしようとしたその時…



  バァン!



静寂な夜を切り裂く発砲音が響いた。



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