第6章:【青空と夜空の街】に残された手掛かり
ジュードの実家、マティス治療院へやってきたカナン達。
「ごめんなさい、皆さん。急患がいらしたので、続きは午後の診察に」
ジュードの母、エリンが待合室で座っていた人達に診察を次に回してほしいとお願いした。
事情を察した人達は嫌な顔一つせずに、「急患だったらしょうがないな」と納得して立ち上がって出ていく。
「ごめんね、みんな。またあとでねー!」
「ははっ、レイアちゃんもすっかりここの仕事が板についたな」
「もう立派な看護師でしょ」
えっへんと腕を腰にあてて、レイアは胸を張る。
レイアは、診療所で働く見習い看護師だと、ジュードがこっそり教えてくれた。
彼女の実家は宿屋を経営しており、ジュードとは昔から家族ぐるみの付き合いがあった。
ジュードが医学校へ入学してからすぐに、レイアも此処で働くようになったらしい。
「こちらへどうぞ」
患者が全員立ち去ると、エリンは、ミラを診察室へ案内した。
その間、カナンはジュード達と待合室で待つ事となった。
ジュードははぁ、と溜息をもらして壁にもたれかかるように腰を下ろす。
生家に戻ってきた事で安心したのか、緊張の糸がほぐれて疲れが押し寄せているように見えた。
隣に座るレイアは、彼の様子からそれを感じ取ったのか話しかけようとしなかった。
10分程経過して、エリンが診察室からでてきた。
「母さん、ミラは…」
「あの患者さんなら大丈夫よ。お父さんを信じて」
穏やかに、説得力のある声で息子に話しかけるエリン。
ジュードは、母の言葉に対し「うん…」とコクリと頷く。
「皆、奥の部屋へきてちょうだい。お茶でも出すわ」
「あっ、おばさん。私も手伝います!」
レイアが挙手をして立ち上がると、エリンについていく。
「優しいお母様ね」
「…はい」
カナンは、ゆっくりと腰をあげてそう言うと、ジュードは頬を人差し指で掻いて返事をする。
母親の優しさに触れて、内心嬉しいのだろう。
「ジュード、カナンさん。こっちこっちー」
レイアの呼び声を聞いて、カナンとジュードは奥の部屋へと歩いていった。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
同時刻、ル・ロンド海停に“ある人物”が船から降りてきた。
「チッ…生ぬるい空気だ」
ヅカヅカと大股で歩きながら、海停の雰囲気に舌打ちをする銀髪の少女。
真っ赤な礼服とも思える衣装を身に纏い、挙動不審に辺りを見回す姿は、他者から見てかなり浮いている。
幸い、海停にいた人達は、他の街からやってきてまだ慣れていない観光客なんだな…という楽観的な見方をしてくれたのか、
彼女の行動をさほど気にしていない様子だ。
「アグリア…?」
少女は、突如名を呼ばれて後方を振りかえる。
金髪の旅の商人の姿をした男性に、彼女はなーんだ…と冷めた表情になる。
「誰かと思えば、優男かよ…」
「できれば名前を呼んでくれないか?」
ニルスが困った笑いを浮かべて言うが、アグリアは「やなこった」と一蹴する。
「ところで、アグリア…。なんでル・ロンドに? 君はラ・シュガルでプレザと調査を命じられていたんじゃ…」
「はん、お前の“御主人様”から任務変更の通達があったんだよ」
「リインが…?」
リイン…それはウィンガルの真の名前である。
今までラ・フォート研究所の調査を重点的に任せてきたアグリアに、わざわざ別の任務へ移動させるとは…何かあったのか。
「…ったく、最近各地で出没している黒いコートの連中の動向を探れ、だとよ。人使い荒すぎだろ、あいつ!」
ニルスの疑問に答える様に、アグリアは面倒くさそうに愚痴る。
黒いコート…その言葉に、ニルスの脳裏にある人物がよぎった。
「黒いコート…」
「? どーした、優男?」
アグリアが、思案するニルスの顔前で手を上下に振る。
「……いや、なんでもない。それで、その黒いコートの者達を追って此処に?」
「ラ・シュガルに潜り込んだ奴らの情報さ。このちいせえ田舎町に一人出入りしてるんだとよ」
服のポケットから小さなメモを取り出し、ぴらぴらと人差し指と中指に挟んで見せつける。
「おい…優男、おまえがいるって事は…“あいつ”がいるんだよな?」
今度は、アグリアが凄みのある声で問いかけてきた。
あいつ…それが誰を指し示すのか、ニルスは最初首を傾げるが、その人物が《彼女》だとすぐに察した。
「…そうか、あいつ…此処にいるのかー。ふふふ、ハハハッ!」
カナンが、ル・ロンドにいるのだと分かるや、アグリアは狂ったように笑いだした。
「アグリア…」
ニルスが声をかけると、アグリアは一瞬にして険しい表情へ変化する。
「…ぜっったいに引き摺ってでもア・ジュールに連れて帰るぞ。あの“女”をな…」
憤怒が混ざった声で言うと、アグリアは市街地へ歩きだした。
ニルスは、怒りに満ちている少女に何と声をかけていいか解らず、ただ背中を見つめるしかなかった。
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