第5章:行く手を阻むモノ
一通りの話を終えると、カナンはゼムナスと別れて、カラハ・シャールへ戻った。
(クルスニクの槍と結晶石が敵の居城にあるなら、早くイル・ファンへ向かわないといけない…)
しかし、ミラが足を負傷している今、イル・ファンへ乗り込んでいくのは不可能に近い。
(ミラの性格上、彼女は足を引きずってでも行く。でも…)
右足は、大分動かせるようになったが、左足はもう動かせないだろう。
手術をして治る確証はない上に、リハビリを続けたとしても彼女は今までの様に戦う事は難しい。
いや、一つだけ治せる手段はある。
(……私の血を彼女に注入すれば、治せるかもしれない)
―――【覚醒の血(サンデュエヴェイユ)】
エクレシアの体内にある血は、強力な癒しの効力がある。
その力は、一滴で命の危機にさらされている人を救えると言われている。
過去、他のエクレシアが自らの血液を他の種族に輸血して、救った事例もある。
しかし…その反面、副作用があるらしい。
実際に、カナンは目にした訳ではないが、【覚醒の血】を投与された人物は身体面に異変が生じる事もある。
《…瀕死や重傷等の救急を要する状態の人はともかく、それ以外で私達の血は投与しない方がいいでしょう》
かつて、医療の講義でリーシェが言った言葉が頭をよぎった。
今のミラは、足以外は順調に回復している。
自分の血を使用する事で、ミラの左足を動かせるようになるかもしれない。
けれども、それが返って副作用を及ぼしてしまい、彼女の身体に負担を強いるリスクも否めない。
『…カナン、まさかお前の血をミラ殿に分けようとしているんじゃないのか?』
身につけている小物袋の中から、アンジールが声をかけてきた。
「…勘が鋭いわね」
『賛成しかねる。もう少し慎重になれ』
「でも、今のままだとミラは…」
『気持ちは解る。…だが、早計な判断は時として過ちを生む事になるぞ』
アンジールの鋭い指摘に、カナンは眉を下げる。
『もう少し様子を見た方がいい。輸血以外に、何か方法がまだあるかもしれないだろう』
「…そうね、考えてみる」
「何を考えてみるんだ?」
背後から聞こえてきた声に、カナンはハッと振り返る。
そこには、紙袋を片手に訝しげな表情でこちらを見ているアルヴィンがいた。
「さっきからブツブツ呟いて…誰かと話しているみたいだったけど?」
「…ごめんなさい。ちょっと独り言をね」
冷や汗を流しつつそう言うと、アルヴィンは「独り事…ね」と、あまり納得していないようだ。
「ところで、アルヴィンさん。買い物してたの? その袋…」
話をすり替えようと、カナンは彼が持つ紙袋の話題を口にした。
紙袋には長いフランスパンや果物、野菜などの色とりどりの品々が見え隠れしている。
「ああ…これ? ミラ様に頼まれたんだ。
旅支度のためにアイテムと料理の材料を購入して来いってね」
「旅支度って…ミラはもう出発するつもりなの!?」
いくらなんでも早すぎる。
まだ、戦えるまで回復していないのに…。
「俺も反対したさ。早すぎだろって…
でも、今までの経験から、あの精霊の主様が素直に大人しく療養するって思うか?」
「……ないわね」
ハァと深く溜息を吐いて、カナンはその意見に同調した。
ほんと、人使い荒いよな…と、アルヴィンもぼやきながら紙袋からナップルを取り出して、一口かじる。
「ちょうど、ミラの事で悩んでいたの…」
「足の事でか?」
アルヴィンの言葉に、カナンは小さく頷く。
「あの爆発の後遺症で、左足は完全に動かなくなってしまった。
これから、戦いに身を投じるのに大きなハンデになってしまう。
でも、ミラは使命を果たす為に、是が非でもラ・シュガル王と戦う意志を変えないでしょう」
真剣な表情で語るカナンに、アルヴィンはナップルを咀嚼しながら耳を傾ける。
「だから…なんとか彼女の足を治せないかって治療法を考えていたの」
「そっか…。優等生と言い、あんたと言い…お人好しだな」
優等生…ジュードもまた、自分と同じ悩みをもって彼に打ち明けたのだろうか。
そう思っていると、アルヴィンが紙袋からガサガサともう一個取り出して、カナンに放り投げた。
「ほらっ、これ食べな」
「、とと…ありがとう」
慌てて、両手でそのナップルを受け取った。
アルヴィンは続けてある話題を口にした。
「その治療法の件だけどさ…今回、早く出発する事になった理由、それが関係してるんだ」
「えっ…?」
「俺の知り合いでな…。昔、足が動かなくなった患者を治した医師がいるんだ」
カナンは目を見開く。
ミラの左足を治せる―――その方法が意外な形で見つかるとは…思わなかった。
「その事話したら『今直ぐ行くぞ』って即答されてさ…。で、この通り使い走りさせられているわけ」
「…よかった。ミラの足が治る方法が見つかって」
安心したように、カナンは口元に微笑を浮かべた。
「…なあ、カナン」
「何?」
「あんた…ミラについてどう思う?」
急に真面目な顔になり、アルヴィンは問いかけてきた。
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