第5章:行く手を阻むモノ
ガンダラ要塞で、意識を失った後の経緯をジュード達が教えてくれた。
「カナンさん、一週間も意識不明だったんですよ」
「…そんなに寝ていたのね」
一週間も眠っていたとは…それだけ、今回受けた毒は厄介な種類だったと言う事だ。
話を聞いている傍ら、クレインとドロッセルもやってきた。
「カナン…よかった…」
ドロッセルは、感極まったように目から零れ出る涙を指で拭いとる。
「ご無事で何よりです」
クレインも心の底から安心した、という気持ちを顔に露わにしている。
すると、今まで沈黙してきたエリーゼが一歩ずつ近づいてきた。
カナンの右手をギュッと両手で握りしめて顔を俯ける。
「…どうしたの?」
「…目を…覚ましてくれた」
『カナン君、ずっと眠ったままになっちゃうんじゃないかってー、心配してたんだ』
握られた手の上に、ぽつりぽつりと水滴が落ちてくる。
うぅ…と嗚咽をして、静かに涙を流すエリーゼ。
「エリーゼ…」
『カナン君が【眠り姫】にならなくてよかったー。エリーはずっと泣かなかったんだよ。ほめてあげてー!』
ティポの言葉に、カナンは俯いているエリーゼの頭を優しく撫でてギュッと抱きしめた。
迷惑をかけてしまった。
何より、この場にいる皆が自分の回復を待ち望んでいた事に嬉しさが込み上げてきた。
「皆…心配かけてごめんなさい」
カナンは謝罪の言葉を口にした。
全員が和やかな空気に包まれる中、ゼムナスは部屋から退室して大広間へ足を進めた。
「待てよ」
階段を降りている途中、アルヴィンに声を掛けられ、肩越しに彼を見つめる。
「あんたに聞きたい事がある」
アルヴィンは、他の人達の前では言えなかった疑問を突きつけた。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
一週間前、アルヴィンが屋敷の門を潜り抜けようとした矢先、この男が立っていた。
真っ黒な衣服に身を包み、金色の瞳を細める先は…屋敷の二階。
ゼムナスは視線をゆっくりとおろしていき、アルヴィンと目があった。
ゾクッ…と悪寒が背筋を走った。
その瞬間、アルヴィンは目の前の男に強烈な違和感を覚えた。
自分とは同じ人であるのに、中身はそれとは違う【異質な存在】だと感じたのだ。
ゼムナスは言った。
『この屋敷に、【カナン】という女性はいるか?』
カナンの名前を知っているのは、彼女の知人かもしれない…同時に、ラ・シュガルかア・ジュール、彼女を狙う者の可能性もある。
素性はどうであれ、依頼人のプライベートを安易に教える事は、守秘義務に反する。
そのため、彼の問いに対して、アルヴィンは答えるつもりはなかった―――
『ゼムナス、ここにいたか、って…あんたはあの時の…』
ガンダラ要塞で、手助けをしてくれたアクセルが現れるまでは。
アクセルの登場により、ゼムナスは彼の上司である事が判明する。
改めて、ゼムナスは言った。
『安心したまえ、私は彼女の知り合いだ』
カナンに害を加えるつもりはない、と遠回しに言ってきた。
俄かに信じがたかった。
アルヴィンの警戒する態度をみて、後方にいるアクセルが「まあ無理だったら別にいいけどな」と遠慮するように言った。
暫く、沈黙が両者の間に流れる。
『今は…まだ面会できる状態じゃない』
アルヴィンは渋い表情で答えた。
彼女が毒におかされている事、意識不明である事を仕方なく教えた。
その言葉を聞いて、ゼムナスは顎に手をあてて考える仕草をすると、ある事を提案してきた。
『彼女を目覚めさせる方法がある』
何を言っているんだ、こいつは…と思った。
昏睡状態で予断を許さない…医師でも治療が困難な状態を解決できると言いたいのか。
アルヴィンが考えている事を察したのか、ゼムナスは含み笑いをする。
『エクレシアは、普通の人とは異なる体質だ。この街の医師ではおそらく対応できないだろう』
『…あんたら、エクレシアの事を知っているのか?』
『如何にも…。この世界では我々が“彼等”の事を誰よりも熟知している』
その自信に満ちた言い方が癪に障る…だが、同時に彼の言葉のある部分が気になった。
―――『この世界』
それは、あたかも己がリーゼ・マクシアではないどこかからやってきた事を暗に仄めかしている気がした。
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