第5章:行く手を阻むモノ


カラハ・シャールへ戻り、屋敷へ馬車が辿り着くと、クレインとドロッセルが門前で待っていた。


「皆さん、戻って…ッ!」


嬉しそうに近づいたドロッセルは…負傷した二人を見た瞬間、思わず口元を覆ってしまう。

クレインは緊急事態だと察して、病院から医師の派遣を要請した。

屋敷の部屋を借りて、ミラとカナンをベッドへ横にさせる。

手配された医師がやってきて、二人の状態を確認すると治療を開始する。


医療の心得があるジュードとニルスも、医師の負担を軽減させるために手伝った。

ジュードはミラを…ニルスはカナンをつきっきりで看病した。


何時間経過しただろう…。

その他の人達は、広間で身体を休めていた。

エリーゼがティポを抱きしめて憂鬱そうに椅子に腰かけている。


「エリー…もう遅い時間だから寝ましょう」


ドロッセルがそう声をかけても、エリーゼは小さく被りを振って拒む。


「ごめん…もう少しだけ」

『ミラ君とカナン君…助かるよね?』


二人の事が心配で眠れないようだ。


「大丈夫…今、お医者様とジュード君とニルスさんが頑張っているもの、きっと治してくれるわ」


エリーゼとティポを安心させるために、ドロッセルはそう優しく言葉を返してあげた。

一方、アルヴィンは左手で瞼を覆ってソファーにだらん…と座っていた。


「アルヴィンさん、何かお飲み物でも用意しましょうか」

「……わりぃ、水頼む」


この数日間で、衝撃的な事が連続したのもあり、体力に自信のあるアルヴィンも身体が限界にきていた。

全員に疲労感が漂う中、ドロッセルが皆と離れた後の事を話してくれた。

レクセウスとアクセルは約束通り、彼女と囚われていた人達を街まで送ってくれた。

大事な妹と民を助けてくれた事に、クレインは謝礼を渡そうとしたが、彼はそれを丁重に断った。


『その代わり、【カナン】という女性が戻ってきたら教えてほしい』


宿屋で待っている、と伝言を残して二人は去って行った。


「でも…カナンはあの状態だから、明日、私が連絡しにいこうと思うの」

「ドロッセルがいくなら私も…いきます」

『改めて、友達を助けてくれたお礼しなきゃね』


「いえ、お嬢様…それは執事である私の役目です。お嬢様はエリーゼさん達と共にお休みください」

「ローエン…」


話をしている最中、バタンと上から扉が閉まる音が聞こえた。

全員が階段の方へ視線を向けると、疲れた表情のジュードとニルスが階段を下りてくる。


「ジュード、ニルスさん!」

『ミラ君は? カナン君はどうなったのさ~!?』


状況が気になって仕方ない…その気持ちが抑えられずにエリーゼとティポが率直に質問した。


「…峠を越したんだ」

「…ていうことは、意識を取り戻したのか!」

「うん…ミラ、さっき目を覚ましたよ」


ジュードは、目元を手で拭いながら答えた。

その朗報に、不安の空気が消えていき、その場にいた人達の顔は安堵と喜びに彩られる。


「でも……」


ジュードは浮かない表情で言葉を続ける。

ふと、アルヴィンは目線を下に向けたまま、複雑な表情のニルスに気付く。


「カナンさんは…まだ意識を取り戻せていないんだ」

「…そうか」


やはり…とアルヴィンは察したように呟く。


「目立った外傷はなかったんだよ。でも…体温が下がってて、先生が念のために検査してくれたんだ。そしたら…体内から毒物が検出されて…」

「毒ですと…」

「なんてことなの…誰がそんな酷い事を!」


ローエンは驚いた声をあげた。

ドロッセルは、カナンの身に起こった事を嘆き、そして毒をもった人物に憤りを感じているようだ。


「…なぁ、あんた。何か心当たりあるか?」


カナンと行動を共にしていたのは、ミラと…同じく囚われていた商人のニルスだけ。

合流する前に、何かあったに違いない…。

ニルスは顔をあげて、重たい口を開いた。


「…皆さんと合流する前、黒装束の男がミラさんを狙って、ナイフの様な物を投げてきました。カナンさんは…彼女を庇って肩を負傷した」

「そのナイフに毒が塗られていたんだな…」

「肩の傷は、僕が治療した…。あの時、彼女の異変に気づいていれば、こんな事には…ッ」


ニルスは、声を振るわせて瞼を固く閉じる。

取り返しのつかない事をしてしまった、という悔恨の念が、彼の胸に押し寄せている…隣にいたジュードはそう感じた。


「ニルスさん、あの…」

「今更、過ぎた事言っても仕方ないだろ」


ジュードが声をかけようとしたが、アルヴィンが遮る様に言った。


「そうやって悲観に浸って、過ぎた事を後悔して後を引きずって…あんたはそんな哀れな自分を正当化してくれって、周囲に甘えてるだけだ」

「ちょっと、アルヴィン! そんな風に言わなくても…」


アルヴィンの切り捨てるような発言に、ジュードは注意するが、彼は喋るのを止めない。


「もし、俺があんたの立場なら治す為に他の方法を探すか、つきっきりで看病する。治癒術使える癖に…ぐちぐち悩む暇があるならやるべき事やれよ!」


アルヴィンに苛立ちを交えた言葉をぶつけられ、ニルスはゆっくりと顔をあげた。


「…そうだ、その通りだ。僕とした事が悩んでも解決しないのに…」


彼の一喝が効いたのか、ニルスは自分に言い聞かせるように呟く。


「…ありがとう」


背を向けたまま小声でそう呟くと、ニルスは階段を再び昇っていき、カナンのいる部屋へ戻った。

広間に、残された者達の間に微妙な空気が流れる。

すると、アルヴィンはソファーから徐に立ち上がる。


「悪い…ちょっと外出てくる」


気を利かせたのか、アルヴィンは屋敷から出ていった。



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