第5章:行く手を阻むモノ
クレインの屋敷前で見た武人を彷彿させる男性…。
やはり、あの人物がナハティガルだった。
一連の事件の元凶とされる人物との対面―――周囲に緊張が走る。
「実験に邪魔が入ったのか?」
「はっ。しかし、データは既に採取しました」
「よくやった」
「ナハティガル!」
ジランドとやり取りを交わすナハティガルに対し、ミラは叫んで駆け出した。
勢いをつけて剣を振りかぶるが、ナハティガルは身につけていた手甲で剣撃を受け止めた。
「貴様のくだらん野望、ここで終わりにさせてもらうぞ!」
ミラは全体重をかけて、剣を押し込みにかかるが、ナハティガルは全く効いていないようだ。
「この者が?」とジランドに尋ねると、ジランドは静かに頷く。
「貴様のような小娘が、精霊の主だと…? フッ、この程度で笑わせる!」
ナハティガルは、そのまま剣を刃先を掴むと腕を大きく振るって、ミラを投げ飛ばした。
「ミラさん…!」
壁に激突しそうになるが、ニルスが慌てて彼女を受けとめたおかげで難を逃れた。
彼は、おのれ…とギッと鋭く睨みつけるミラから視線をカナンへ移した。
「噂は耳にしているぞ、カナン王妃」
「それはどうも…」
見下すような目線でかけられた言葉に、カナンは毅然とした態度で返事する。
「お前を含めた種族の特殊能力…大いに興味がある。あの山猿には惜しい人材よ。我が覇道の礎のために尽くせ!」
「お断りするわ。民を虐げ、権力に固執する愚かな王に私達の力を貸すつもりはありません」
横柄な態度のナハティガルの誘いを、カナンはきっぱりと一蹴した。
この王の発言を聞いてから、カナンはハッキリと認識した―――この人は、自分の嫌いな部類にあたる人物だと。
権利ばかりに固執して、武力で人々を隷属させて、本来の責務を放棄している典型的な独裁者だ。
まさに…ガイアスとは真逆の人物。
そんな人物なんかに力を貸す等、到底あり得ない。
「小娘の分際で…ワシに刃向かう気か」
「貴方が私の大切な人達を傷つけるなら、この場で首をとるつもりよ。ナハティガル王」
カナンは聞き手で銃を構えて、いつでも発射できる態勢を取る。同時に、威嚇するように覇気を放出した。
覇気は部屋全体に拡散していき、それを諸に受けた研究員達は泡を吹いて気絶した。
ビリビリと肌を伝う気圧に…ミラと身体を支えているニルス、ジランドも硬直してしまう。
その威嚇を感じ取ったナハティガルは、一瞬驚きの色を顔に露わにするが、ククッとさも面白いものをみつけたように口端を吊りあげる。
「このワシを動揺させるとは…なかなかやりおるな。カナン王妃」
「貴方に褒められても全然嬉しくないわ」
静かな睨み合いが続く中、部屋の片隅にある階段から足音が響いてきた。
「ミラ、カナンさん!」
ジュードとアルヴィン、エリーゼ、そしてローエン…救出をしにきた仲間達の姿を横目にして、カナンの口元は緩む。
「あっ…ティポ!」
カナンが片手でティポを抱いているのをみて、エリーゼは歓喜の声をだす。
「エリーゼ、受け取って!」
カナンは、ティポを上空へ投げた。
くるくると舞ってくるティポを逃がさないように、エリーゼは両手で彼をキャッチした。
「フン、小賢しい野ネズミ共が紛れこんでいたようだな」
やってきたジュード達を冷たい目で一瞥すると、ナハティガルはカナン達の前でこう宣言した。
「ワシはクルスニクの槍の力をもって、ア・ジュールを平らげる。邪魔をするものは何人たりとも切り捨てるのみ!」
「それでカラハ・シャールを…罪のない人々を…なんで、なんでそんな酷い事をするの! ラ・シュガル王…貴方と言う人は…!」
民を犠牲する事に何の罪悪感も感じられない。
そんなナハティガルの発言に、階段から降りてきたジュードは耐えきれなくなって声をあげてしまう。
「下がれ! 貴様のような小僧が出る幕ではないわ」
ナハティガルは、先程ミラから奪った剣をジュードに向かって投げつけた。
迫りくる凶刃に、ジュードはハッと息を飲みこむ。
―――キンッ!
しかし、階段から身を乗り出したローエンがナイフを投げて剣の軌道をそらす事に成功した。
軌道を変えた剣は、ジュードがいる数センチ横の床に突き刺さる。
命拾いをした事に、ジュードはハァ…と少しずつ息を漏らす。
「ふぅ、間に合いましたね」
展開した紙飛行機型の魔法陣に乗って、ローエンはゆっくりと着地する。
「イルベルト…貴様か?」
ナハティガルは、自分の邪魔をしたローエンの存在に微かに目を見開く。
その様子は、恰も昔から繋がりのある知人と再会したかのようだ。
「あれが…あのローエン・J・イルベルトか!」
親衛隊の兵士達がざわめく。
ジュードも、その名前を聞いてハッと思いだしたように口を開いた。
「イルベルト…って、まさか…! ローエンがあの歴史で習った『指揮者(コンダクター)イルベルト』なの!?」
―――《ローエン・J・イルベルト》
カナンも思いだした。
ア・ジュールにいた頃に、書庫室で読んだ近代歴史書にその名前が記述されていたのを。
有名なのが、ラ・シュガルの統一戦争で、一日に三ヶ国の軍を打ち破った『風霊勢節(オラージュ)の奇跡』。
それ以降も、数々の武功を打ち立てていき、《伝説の軍師》としてその名を世に知らしめた。
敵国であるア・ジュールでも、彼の天才的頭脳と功績を評価する軍人は少なくない。
まさか、軍を退役して執事になっているとは…誰もが予想していなかっただろう。
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