第5章:行く手を阻むモノ


街の広場をカナンは歩いていた。


(アンジール…)


―――アンジールが『命の結晶華』と化した。


あのバーミア峡谷で、微精霊達が伝えてくれたメッセージ。

海停で別れた後に、彼は単独でイル・ファンへ向かった。ラフォート研究所に侵入したに違いない。

彼は、あの研究所で何を見て、彼の身に何が起こったのか…。

彼の実力が高い事を、カナンはよく知っている。


リーゼ・マクシアで、彼と匹敵する強さがあるのはかなり限定される。

肉体を喪失してしまう程の損傷を、アンジールに与える事が可能なのは―――


「ヴァンスか…その配下」


瞼を閉じて、拳をぐっと握りしめる。

大切な仲間をまた失ってしまった―――受け入れ難い現実に、身を切る様な悲しみが込み上げてくる。

しかし、此処で悲観にくれている訳にはいかない。


(……アンジール、待ってて)


結晶華となったアンジールの行方までは不明だ。

ヴァンスの手に落ちているかもしれないし、ラフォート研究所内にある可能性もある。


(必ず…助ける)


閉じていた目を開けて、カナンは胸にそう誓った。


「あっ…帰らないと」


屋敷にいるミラ達を待たせている。

そろそろ、戻らなくては…余計な心配をかける訳にはいかない。


「お久しぶりです」


踵を返して、南西地区へ行こうとした時…背後から声をかけられた。

誰かと振り返って、声をかけた人物を目にすると、カナンは意外そうな表情を浮かべる。


「貴方は確かハ・ミルで…」

「ええ、お会いしましたね」


ハ・ミルで出逢った…金色の髪の男性との再会であった。




「ニルスさんは、カラハ・シャールにも新製品の売り込みのためにきたんですか?」

「ええ、そんなところです」


男性は「ニルス・フリーデン」と名乗った。

ニルスは、ア・ジュールの出身でラ・シュガルと双方の国を行き来する行商を生業としているらしい。

最近は、ラ・シュガルとの開戦が近いため、あまり両国を行き来しずらいみたいで、ラ・シュガルを中心に活動している…と説明してくれた。


「どんな商品を販売しているの?」


興味ありげに尋ねると、ニルスは背負っていた荷物袋をおろしてそこからさまざまな品を手に取って見せる。


「こちらはア・ジュールの伝統技術でつくられた絹織物…一級品の代物です」

「へぇ~」

「こちらは『ピンクエメラルド』という希少な鉱石を使用した指輪、富裕層の間では高値で取引されているかな」

「綺麗な指輪ね…」


その他にも商品を一通り見せてもらった。

主に、高価品を専門に扱っているのか、カナンの目から見ても一流の品々が揃っている。


「これから、富裕層のお客様と商談があるんです」

「そうですか…良い取引ができるといいですね」

「はい。ところで…カナンさんはお一人ですか?」

「いえ、連れの人達がいまして…」


「カナン!」


会話をしている最中、タイミング良く彼女の声は響く。

ミラが颯爽とした足取りで、こちらにやってきた。


「あっ、ミラ」

「探したぞ。……取り込み中だったか?」


深紅の瞳を細めて、ニルスを見つめるミラ。

ニルスは、愛想よく笑いながら「こんにちは」と軽く会釈する。


「ううん、そろそろ戻ろうかなって思ってたから…。ニルスさん、いい品物見せてくれてありがとう」

「いいえ、それじゃ…僕も用事がありますので」


商品を荷物袋にしまって再び背負うと、ニルスはお辞儀をする。


「よい旅路を」


そう言うと、彼は南西地区へと歩いて行く。


「あの男は…君の知り合いか?」

「ちょっとね…」


ミラにそのいきさつを語りながら、共に去っていく彼の背中を見つめる。

すると、ジュードとエリーゼ、ティポ、アルヴィンがこちらにやってくるのが視界に入る。


「ミラ、カナンさん!」

『みーつけた~』


小走りで駆け出してくるエリーゼ。

ティポも宙に浮いて後を追いかけていく。

荷物を背負うニルスとすれ違う…その際、ニルスが走る彼女に穏やかな視線を向けた気がした。


「エリーゼ、そんなに急ぐと転んじゃうよ」


ジュードが苦笑しながら注意する。

数歩後方を歩いていたアルヴィンは…通り過ぎていくニルスを目線で追っていた。

疑心の目つきだったのは気の所為だろうか…。



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