第5章:行く手を阻むモノ
大広間にいた人々は言葉を発しなかった。
いや…喋る事が勿体ないと感じる位、彼等は前座であるピアノ奏者の演奏に釘づけになっていた。
…夜の情景や雰囲気を思い起こさせるしっとりとした甘美な曲。
…揺らめきながらも、決して消える事がない炎を連想させる激しい曲。
…哀愁を帯びたような透明な静寂を漂わせる切ない曲。
白くすらっとした細長い指により、奏でられる様々なメロディに、はぁ~と感嘆の息を漏らしたり、目を閉じて熱心に耳を傾ける者もいる。
さらに、奏者がアメシスト色の珍しい髪色で、端正な顔立ちの女性という事もあり、異性は熱い視線を送っている。
その奏者…もといカナンをよく知るメンバーさえも、話す事を忘れてしまい、彼女のピアノ演奏を聞き入っていた。
「すごい…」
エリーゼがポツリと呟いた言葉で、ジュードはハッと意識が覚醒した。
どこか非現実的な空間にいるような…夢心地な気分になっていた事に気付き、自分の手指が興奮で手が震えている。
ミラは瞼を閉じて、カナンが創りだす音を全身で感じているようだ…その表情は苦痛とは真逆の感情で彩られている。
アルヴィンに至っては、硬直したように…カナンを見つめていた。
まさか、彼女がここまでプロ並みの演奏をするとは夢にも思っていなかったのだろう。
カナン本人は、鍵盤楽器と同化したかの如く、呼吸をするのと同じ様に、一曲一曲に心をこめて演奏する。
ふと、視線が扉に行くと、支配人が手で合図をしている。どうやら…代理がきたようだ。
次に人差し指を立てて、両手を合わせるジェスチャー。
(あと一曲だけお願いします、という事ね)
カナンは、その意味を察すると“フィナーレ”となる曲を弾きだした。
♪♪♪~ ♪♪♪~
そして、閉じていた唇を動かして唄い出す。
浮遊感があり、のびやかで爽やかだけれども、勢いのある曲。
透明感があり、まるで朝日のもとで鳥がさえずる心地よい声音は、その場にいる観客の心に深く浸透していく。
「心が…洗われるようだ」
―――ジュードがようやく漏らした言葉
彼の感想に首を縦に振る人は多いだろう…いや、観客全員の心は一致しているはずだ。
その証拠として―――演奏が終わり、席を立ってお辞儀するカナンに盛大な拍手と大喝采が贈られたのだから。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
「ありがとうございます! 貴女のおかげで、ピンチをしのげただけでなく、お客様から絶賛のお言葉を頂きましたよ!」
演奏終了後、支配人から感謝をされると共に、御礼の品まで頂いてしまった。
(…うーん、目立ちすぎたかしら)
今回の余興の提案をした理由は、人助けをしたいという思いからだが、綺麗なグランドピアノを目にして『弾いてみたい』という欲求もあったから。
人間だった頃、興味のあった楽器であり、“彼女”から教えてもらい、必死に猛特訓して弾けるようになった思い出が蘇ったのだ。
(でも…久しぶりに演奏して気持ちよかった)
カナンは満面の笑みを浮かべ、スッキリした気分で腕をあげて背伸びする。
「カナンさん!」
背後を振りかえると、ジュード達が駆け寄ってきた。
「あ、皆…」
「カナンさん…えっと…そのなんていえばいいのか迷っているんだけど…」
「とても素晴らしかったよ」
ジュードが頬を少し赤くして言いかねていると、ミラがダイレクトに感想を告げた。
それに賛同するように、ジュードもコクコクと頷く。
「わ、私……か、感動しました!」
『カナン君、エキサイティング、ファンタステック、ブラボー!』
エリーゼは目を輝かせて興奮しており、ティポはカナンの周りをはしゃぎまわる。
大絶賛するメンバーに、カナンは思わず戸惑ってしまうが、アルヴィンが肩をポンッと叩いて「落ちつきな」と言う。
「まっさか、ああいう特技もあったとはな…。あんたを見てると飽きないよ」
「それって…『褒めてる』意味合いで受け取ればいいのかしら?」
皮肉気に返すと、アルヴィンは右手をスッとあげた。
「無茶なやり方だったが…俺は嫌いじゃないぜ。お疲れさん」
「…ふふ、ありがとう」
片目を閉じて笑って言う彼に、カナンは口元を緩めてパシッとハイタッチした。
その後、一部の観客に囲まれたり、ミラから演奏していた曲について説明を求められたり…と忙しかった。
けれども…今日の出来事を通じて、エリーゼが他の皆の前で、感情を少しずつ表にだせるようになったのが幸いだ。
一日を振り返りながら、カナンは部屋の窓から夜空を眺める。
(この調子でうまくいけばいいな…)
明日から再開する旅を前に、胸中でそう期待した。
【つづく】
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