第4章:始まりは夜光の都…精霊の主に誘われて
呼ばれた声の方に振り返り、カナンは目を見張るが…ほんの少し口元を緩めて軽く会釈した。
ジャオは他の村人の目もあり、何も言えずに立ち止まっていたが、カナンが治療を終えて、移動する所を呼びとめた。
「久しいのう」
「ええ…ジャオさんもお元気そうで」
ジャオは顔を綻ばせて、カナンとの再会を喜ぶ。
彼女は約束通り戻ってきてくれた。
ジャオは【友】として、その事を純粋に嬉しく感じているし、他の四象刃も…城の従者達も彼女の帰還を願っていた。
そして…誰よりも主君、ガイアスが彼女を待ち続けている。
しかし、胸に湧いた期待に反する答えをカナンが口にした。
「ごめんなさい、私はまだ【あの人】と会えない」
「…【使命】を達成するまでは、陛下とは会わないつもりなのか?」
「ええ、そのつもりよ」
ハッキリした口調で返答された。
分かっていた…。
カナンが、主君のもとへ真っ先に向かう事ができないのを。
「カナン、お主一人だけであの男を倒す事に固執せんでもいい。ワシらも協力する…。だから、陛下にあってはもらえんだろうか?」
けれども、こちらも今度は易々と見逃すわけにもいかない。
主君の命もあるが、何より危険に突き進もうとするカナンを見過ごせなかった。
必死に説得を試みるジャオだが、カナンは緩慢に首を左右に振る。
「ありがとう、ジャオさん。でも、貴方、いえ【あなた方】にはまずやるべき事があるはず…それを優先してください」
「カナン…」
「ア・ジュールとラ・シュガル…戦争の機運が高まっているのでしょう」
「……ああ」
「本音を言うと、戦争なんてしてほしくない。けれど、【あの人】はリーゼ・マクシア平定と悪政に苦しむ人達を解放するために、
ラ・シュガルへの侵攻を諦めないはずよ。私が戦争をやめるよう進言した所で彼は素直に引かないわ」
そう彼は…憎しみや悲しみ、侮蔑の視線を向けられようとも、それらを一心に背負う覚悟があるのだから。
例え、ア・ジュール側を説得出来たとしてもラ・シュガル側が攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
国の存亡に関わる事に、自分が介入するべきではない…事態を悪化させかねない。
「ラ・シュガルとのいざこざをあなた方が決着をつけなくてはならないのと同じように、あの人…ヴァンスの問題は【エクレシア】が
片づけなくてはならない事。【エクレシア】は両国の戦争に加担しない。だから、あなた方も私達の使命の領域に無闇に介入しないで下さい」
お願いします、とカナンは真摯な態度で言うと、踵を返して村の西の方角へ歩きだした。
ジャオは少し顔を俯けて黙りこむが…意を決した顔でカナンの行く手を阻むよう、前方に回り込み立ちはだかる。
「すまない…」
「…【あの人】からの命令ですか?」
動じることなく、カナンは少し哀しげに笑う。
「友の頼みを無碍にする事は忍びない。じゃが、それ以上にお主が苦しむ姿をみとうない…陛下を悲しませたくないのだ」
ああ、なんて優しい人だ。
ジャオの人柄に、カナンは心が疼いてしまう。
でも、此処で立ち止まるわけにはいかないのだ。
親しい友に刃を向けたくないけれど、と拳を握りしめた…その時だった。
『てーい!』
「むっ…!」
突如、ジャオの背中に強い衝撃が走った。
カナンは目を瞬きさせ、後ろをみると…紫色の衣装を纏う少女がいた。
背中を片手で擦るジャオを尻目に、背後からぴょーんと現れたティポが大声で言った。
『今のうちに逃げろー!』
「急いで…ください!」
「こりゃ、娘っ子…何するんじゃ!?」
ジャオは驚いたように、エリーゼに視線を変える。
どうやら、エリーゼと面識があるみたいだ。
すると、エリーゼを隠す様にアンジールが前に出てきた。
「エリー、お前は早く家に帰るんだ」
「アンジール…」
「お前さんは…! なぜ此処に…!?」
アンジールがいる事に、さらに驚きを隠せないジャオ。
動揺する彼をよそに、アンジールはくいっと親指を西門へ向けて、小さく口元を動かす。
―――“ はやくいけ ”
心友の粋な計らいに、カナンは口元に弧を描いて小さく頷くと、立ち止まる三人を潜り抜けて駆け出しいった。
【少女と謎のぬいぐるみ】
「…お前さんも見逃すわけにはいかん。アンジール」
そういえば、指名手配されていた…その事を思いだしたアンジールは嘆息を漏らした。
「できれば、戦いたくないが…」
そう言いながら、アンジールもまた背中の大剣を抜こうとしたが…。
『とりゃぁああ!』
「ぬおっ…!」
ティポが二度目の強烈アタックをジャオの腹部にかました。
「こっちに…はやく!」
少女の小さな手が、アンジールの手を握りしめる。
ティポが、ジャオ相手に奮闘するのを横目で見つつも、アンジールは少女と共に走り出した。
【つづく】
・
