【7】視察と運命の出会いは同時並行で



「お待たせしました」

「うわぁ…」


二階の取調室に戻った俺は、紅茶とカスタードプリンをラザラスの前に置いた。


「いただきます」

「(!…あの挨拶は…)ああ、どうぞ」


ラザラスは、両手を合わせて小さな声で食事の挨拶をした。

その行動に思う事があったものの、敢えて口には出さず、食べる事を勧めた。


「おいしい…」


おそるおそるそれを口に含んだラザラスは、ほんのり笑ってくれた。

うん、紅茶の効果はすばらしい。

香りにはリラックス効果があり、ストレス解消と疲労回復に適している。


「次はこれを」

「…! 甘い…懐かしい味」


プリンを食べたラザラスは、花が綻ぶように笑う。


(…かわいいな)


―――『女の子は笑った顔が一番素敵』

それは、前世の日本人だった頃の俺の持論のひとつであり、現世の俺自身にも引き継がれている。

泣き顔も魅力的だという人もいるだろうし、一理はあると思う。

でも、俺は泣いて傷ついた異性の顔なんて見たくない。

心の底から笑顔となった女の子ほど、眩しくて美しいと感じてしまうタイプなのだ。


「おいしい?」

「はい!」


俺の問いかけに、ラザラスは嬉しそうに返事する。

彼女の返答に、俺も自然と口元が緩んでしまう。

甘い物を食べて、至福の表情となっているラザラスを見ていると、気分がいい。


「…ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


カスタードプリンを綺麗に平らげ、彼女は再び両手を合わせて、食事の終わりを告げる挨拶をする。

初めよりも大分緊張が解けている。

丁寧に丸底の器とスプーンを脇へ片づけると、ラザラスは頭を下げた。


「ヴァイスハルトさん。まずは、魔神族の領地に知らないとはいえ、入り込んでしまった事を深くお詫び申し上げます」

「つまり…君は『迷い人』だという事か」


ラザラスはコクリと頷く。


「何故、この森に?」

「えと…まずその経緯を話すには、前提が…長くなります。それでもいいですか?」

「うん、好きに話してくれ」


こうして、俺はラザラスの語る話に耳を傾けた。


彼女はこの地、いやこの世界とは違う【異世界】からやってきた。

…ある人物を探し出すために。


種族はハーフエルフ、「マーテル」という名前の女性だ。

次元を渡り歩く術を身に着けているその人は、星の大海にある世界を廻っている。

理由は各地で起きている戦争を止めるため。

…その争いの原因となっている『存在』を突き止めるため。

それを解決する手段を彼女は持っていた。


ラザラスはマーテルを手助けするために…

マーテルから渡された【道標】を手掛かりに、覚えたばかりの術【移送方陣】で、生まれ育った世界から一人で旅立ったのだ。


初めて足を踏み入れた世界…そこがこの森だった。

降り立った場所を散策していて、彼女は俺と遭遇したとの事だ。


「ヴァイスハルトさん…お願いがあります」


覚悟を決めたように、ラザラスは真剣な顔で再び頭を下げた。


「私にはやらなければいけない事があります」

「『マーテル』という女性を探す事か?」


言いたい事を先回りして言うと、ラザラスは素直に首を縦に振る。



「領地内に無断で入り込んだ事は大変申し訳ありませんでした。知らなかったとはいえ…法に触れる行為をした事に変わりありません。

ですが…私はマーテルと共に世界の混乱を一刻も早く解決させたい。

お願いです…どうか、罪を償う猶予をください」



“罪を見逃す”のではなく、“償う時間の延期”がほしい、か。

彼女の瞳を見て、わが身可愛さから湧き出る言い逃れではなさそうだ。

本心からその言葉を紡いでいる…それを感じ取った。


「…気持ちは分かるが、突然の申し出をすんなりと了承する訳にはいかない」


彼女の気持ちは伝わった。

その反面、まだ知りあって間もない上に身元もはっきりとしない(異世界出身者なのだから仕方ない)婦女子の言い分を通すのは…さすがに無理だ。


「まずは、異世界人だという証拠を見せてくれないか?」

「…分かりました」


すると、ラザラスは開いている窓の方に掌を翳す。


「―――『水弾(シャラール・ラサース)』」


呪文を唱えるや、掌から一粒大の水の弾が出現して、窓を飛び越えていった。

バシャンッと近くにある樹にあたり、パラパラと細かに分散した。


「さらに、こういうのも…」


適当な小瓶に入れていた花弁が散り始めている野花に手を翳した。


「生命の伊吹よ…」


掌から薄い紫色の光が粒子と共に淡く輝く。

すると、折れかかっていた茎が真っ直ぐになり、しんなりしていた花弁がピンと張りを取り戻した。


「回復魔法…だと」

「これは私の十八番です」


ラザラスはぱちりとウインクして、そう説明を付け加えた。

魔法の形態と言い、呪文と言い…この世界では見かけないタイプだ。

これによって、ラザラスが異世界人である事は証明された。


「うーん…」


回復魔法は、敵対する女神族の得意分野だ。

ラザラスが使用したものはそれとは異なるタイプ…かなり独特な術式のように見えた。


「猶予期間はどのくらいほしい?」


仮に、ラザラスが本気で罪を償う気なら…どのくらいの時間を要するのか?


「マーテルといっしょに世界の争いを止めるまでです」


返ってきたのは明確な日数ではなく、漠然とした灰色の答え(グレーゾーン)だった。

白とも黒ともとれる…できれば、もっとはっきりとした確証がほしい。


「保証はあるのか?」


そう…言葉約束ではなく、ラザラスが本気で約束を守ってくれる【契約書】に値するものがほしい。

【裏切らない】という絶対的な証明があれば、こちらとしても打つ手はある。

漆黒の俺の瞳と彼女の空色の瞳が重なり合う。

見えない糸がピーンと伸びるように、緊張感が再び顔を出した。

五分以上それが続き、俺はふぅと息を吐いた。


「…すまない。意地悪な質問だった」

「いえ…そうお考えになるのは当然です。私も些か感情的になりました」


この調子が継続するのはよろしくない。

俺とラザラスはその答えに行きつき、同時に謝罪した。

うーんと背伸びをしていると、窓から見える景色が夕暮れの時間帯に移行していた。


「あー…飯を作らないとな。…その間にじっくり考えてみるよ」


一先ず頭を冷やすため、それから夕食を支度するために休憩を取る事となった。



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