【7】視察と運命の出会いは同時並行で



※作中に、直接的ではありませんが、下ネタな描写があります。

閲覧にご注意ください。





エスタロッサの説教に区切りをつけ、俺は改めて彼女に視線を戻した。


「お待たせした…ところで、君の名前は?」

「あ、はい。私は………『ラザラス』と呼んでください」


自己紹介を終えたところで、雨がほぼ止んでいる事に気付いた。


「此処にいたら風邪をひく。だから、俺の家まで来てくれるか?」

「…ありがとうございます」


警戒を緩めたのか、ラザラスはほんのり笑みを浮かべてくれた。

まるで、雨上がりの睡蓮の花のように綺麗だな…と感じた。


「おい、ヴァイス」


やや強い口調で愛称で呼ばれたので振り返る。

エスタロッサ…エルが腕を組んでこちらを真っ直ぐ見据えていた。


「なんだ?」

「そいつ…侵入者だろ。なんでお前の住処に連れていく必要がある?」


うわっ、やばい。

ついつい、“いつもの癖”でまずは侵入者に事情聴取する手順を踏んでいた。


「…何のためにこの領地に足を踏み込んだのか、詳細を聞く必要があるだろ?」


感情を表に出さないよう、尤もらしい理由を返した。

俺の回答に、エルは「ふーん」と一応納得してくれたようだ。


「じゃあ、早く住処へ急ごう。まだ雨が降る可能性が高そうだ」


空は快晴ではなく、灰色の雲で覆われている。

今のうちに、家に戻らないとまた一雨来そうな気がする。


「よく見りゃ、エルも随分濡れてるじゃないか…」

「任務終わらせて直行してきたからな」

「直行って…とりあえず、着いたら服乾かさないと風邪ひくぞ」


健康に自信があっても、風邪をひく時はひいてしまうものである。

魔神族とはいえ、油断すれば病気にかかる事だってあるのだ。


「そんな柔じゃねえ…くしゅっ!」


俺が注意した事に反論しようとしたエルが、盛大にくしゃみをした。

ほーらみろ。

右手を翳して魔力【構築】を使用する。

異空間に閉まっていた吸収性のいい布を取り出すと、ほらっとそれをエルに向かって放り投げた。


「ほら、それで頭拭いて」

「お~…すまねえ」


布をパシッとキャッチしたエルは、それで豪快に髪を拭いていく。


「それから、メラも」

「あら、見つかっちゃった」


こっそり茂みの方に隠れていたメラスキュラに声をかける。

常に纏わせている黒い靄を、雨水から身を護るように形を変えていた。

それでも、白いレオタードと桃色のニーハイが基準装備の彼女だ…雨が降って気温が低くなっているのを考えると寒いだろう。

異空間の中に腕を再び入れて、がさこそと探索。

以前、森で狩った獣の毛で作ったコートを取り出した。


「はい、これを着て」

「…いいの?」

「その姿だと寒いだろう? メラも…それからエルも魔神族のお手本なんだから、体調管理はしっかりしないと」


そう言ってコートを渡すと、メラは頬を緩ませて「ありがと…」と小さく呟いてコートをギュッと抱きしめた。

気に入ってもらえたようだ…よかった。


「じゃあ、急ごう」


俺の声を合図に、全員で速やかに移動していく。

さっき、ラザラスは俺達のやり取りを静かに…少し口元を緩めて…見ていた。

道中、メラが向ける分かりやすい警戒に満ちた眼差しや、エルの微弱だが殺気を交えた気圧を受けても、ラザラスは緊張はしていたが、臆する様子はなかった。

それで、外見とは裏腹に肝が据わっている人だな…と感じた。

振り返ってみれば、嫁さんはこの時、異世界に足を踏み入れたばかりで少しでも順応できるように努めていたのだろう。

周囲の状況を観察して、少しでも情報を入手しようと必死だったに違いない。


「ここら辺は、足場が不安定だ…気を付けて」


石や岩などで地面が凹凸である付近に差し掛かった。

この一帯は、慣れていないと怪我をする危険もある。

メラは宙に浮いて、エルは軽々と跳躍して移動していく中、俺は慎重に足元を見ながら進んでいる彼女の事が気になった。


「はい」

「えっと…?」

「手を握って」


慣れない地形に悪戦苦闘している彼女の手を握って、少しずつ移動していく。


「…すみません」

「いいよ。怪我をされたら困るし…」


強すぎず…だからといって弱すぎない程度に彼女の手を握ってエスコートした。

これが生前の世界であれば、場合に寄ったらセクハラ扱いされてしまうケースもあったとどこかで聞いた事がある。

手を握る程度で過剰なボディタッチはしていないし…ラザラスの顔は不快ではなさそうだ。

よし、セーフかな…と思いながら、暫く手を握って歩く事にした。


ほんのり伝わる温かい手の温もり。

もしも、嫌じゃなかったらこのまま家まで手を繋いでいたいな…と多少の欲がでていた。


「もう平坦な道になったから、いい加減手を離したら?」


意外な事に、メラからやめるよう指摘されてしまった。

うーん…現実はそんなに甘くないか。

ちょっと名残惜しくはあるけれど、致し方ない。

嫁さんの手を離した直後に、前方から素早い何かが駆けてきた。


「あ、リリ!」


…家で待っているはずのデリエリだった。


「遅いから迎えに来た。…で、エスタロッサに…メラ、お前ら何しに来たんだ?」


リリが小首を傾げて、率直に質問を投げつけてきた。


「久々の休みを満喫するために此処に来た」

「同じく」

「ふーん…で、そっちのは?」


幼馴染二人の返答を軽く受け止め、次にリリは見知らぬ侵入者に鋭い視線を向ける。


「うーん…迷い人か不法侵入者、のどっちか?」

「なんで疑問形なんだよ」

「これから、事情を詳しく訊くから。もう少しで着くから…我慢してくれるか?」

「はい、大丈夫です」


この時点で、嫁さんは必要最低限な会話しかしていなかった。

賢明な判断だ…余計な事を口にすれば、自らの命が一瞬で奪われると察知していたからだ。

魔神王直属の近衛部隊【十戒】…幹部クラスの実力者が三名いる。

彼等の放つピリピリとした殺気。

普通の一般人であれば、この空気は耐えられない。


「気持ちはわかるが…一旦、物騒な気は閉まってくれ」


狩る気満々な三人を諫めつつ、家まで足を進めた。



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