【7】視察と運命の出会いは同時並行で



「視察に来たのがモンさんとリリでよかった…」


もし、エスタロッサやメラスキュラであれば、あれこれと理由をつけて俺を連れ戻そうとするだろう。

ガランのじいさんだったら、『久々の手合わせ』と評して戦った後で、技量問わずに引き摺って行くに違いない。

仮に帰還することになれば、十戒の補佐か他の階級の団に配属されてしまうのが目に見えているので…面倒くさい。


「…さてどうしようか…んっ?」


日用的に使う頻度の高い薬草を摘んでいる時に、雲行きが怪しくなったと思いきや、すぐに雨が降り出した。

激しい雨弾を避けるために、雨宿りできそうな樹に避難してきたわけだが…


「雨すごいですねぇ。バケツをひっくり返すどころか、湖の水を抜き取った勢いがあると思いませんか?」

「そうだな…ところで、お嬢さんはどうしてこんなところに?」


まさか、同じ樹に侵入者が雨宿りしているとは思わなかった。

警戒しつつも、相手からの言葉を引き出していく。


「散歩するならこの場所はお勧めできない。魔神族の領地内に足を踏み入れて監視に見つかれば、よくて獄中。でなければ即刻魂をもぎ取られてしまうぞ」

「おおぅ…過激な刑ですな」


だが、話をしていく内に侵入者…女性はこの森が魔神族の領地とは分かっていない事が判明した。


「教えてくれてありがとうございます。…それで、わざわざ助言をしてくれたのは親切心からですか?」

「…半分は」

「もう半分は?」

「わざわざ危険を冒してまでこの森へ忍び込んだお嬢さんの目的が聞きたい…一種の好奇心と管理者としての“義務”から」


後半をわざと強調して言えば、女性は動揺しだした。

ふむ、此処で逃走されると困るので拘束しなければいけない。

立ち上がって慎重に歩を進めていくと、その女性の背が見えた。


「えと…すみません」

「逃げないんだな」

「…追いつかれる気がしました。降参します」


両手を上げて、抵抗する意思はないと示す女性。

潔い判断だ…と感心しながら、俺は手を上げたままの女性と向き合う形で立った。

俺の背が高いためか、白い外套を羽織った彼女を見下ろす形になる。


「まずは、顔を拝見させてもらう」


目深めに被っていたフードを徐にたくし上げたんだが、露わになった彼女の顔に、俺は見惚れてしまった。

フードを外した事で、弧を描いて靡くブラウン・ベージュの長い髪。

澄みきった青空を連想させるスカイブルーの瞳。

外見は19、20歳だろうか…手で触れたら消えそうな儚さと清廉なオーラを内包する見目麗しい女性だ。


「…髪の毛伸びてますけど、目見えますか?」

「………ああ(俺の事怖がってないな、この人)」


彼女は目元が隠れるほど長い俺の前髪を横にずらした。

目の前に、自分の運命を決める実権を握っている人物に対して、かなり大胆な行動だ。


「…綺麗な色ですね。なつかしい…」


俺の瞳を見て、彼女は柔らかく微笑んだ。

緊張に満ちた空気は弾けるように解かれた。

代わりに、胸に陽の光を帯びた暖かい心地よさを覚えた。


(…うん、悪い人じゃないな)


直感だが、彼女は敵部族のスパイではなさそうだ。


「それで…名前は?」

「私の名前は…」


なんとなく打ち解けた雰囲気で、互いに自己紹介しようとしたその時…



  ドーン!



近場に何かが落ちてきた。

一瞬、落雷かと思ったが…漂ってきた強力かつ覚えのある魔力に、俺は素早くそちらへ視線を向けた。


「…と、お嬢さん。大丈夫か?」

「はい、なんとか…」


飛び込んできた砂塵や石から、その女性を庇うために咄嗟に抱きしめていた。

…この時、胸が刺激的にざわめいてしまったけれど、内緒だ。

此処で大人しくしててくれと指示すると、俺は立ち上がった。

舞い上がっていた砂塵の中から現れた一人の人物…やはり、あいつか。

苦い顔を表に出さずにはいられなかった。


「よぉ、ヴァイス…久しぶり」

「あぁ、元気そうだな…」


俺よりも少し高い背丈の男。

焦げ茶色の軍服を着た、異性の心を射止めそうな顔立ちの偉丈夫は…俺の幼馴染のエスタロッサである。

久方ぶりの再会に、嬉しさを顔に滲ませてるようだが…



  バシッ!



「いって~…」

「お前ってヤツは~…何度言わせるつもりだよ! 此処に来る時は、派手に森を壊すなって言ってるだろ!」


俺は、こいつの頭に平手チョップをかましたくなる程…説教したいため、容赦なくお見舞いしてやった。


「お前が勢いよく着地したところは、新しく入手した果実の苗木を植えてた場所なんだぞ! それを一気に吹き飛ばして…喧嘩売ってんのかァアアア!」


数ヶ月前も、こいつは貴重な薬草が生息している場所で魔物の群れを一気に殺った所為で血が飛び散って、薬草が生えにくくなった。

その前は、人工的に増やしていたデカトリ(メス)を勝手に土産と称して狩った所為で、一時的に卵が収穫できなくなった。


「はぁ? そんな事知らねえよ」

「開き直るなー!」


毎回、この幼馴染が勝手にやってきて巻き起こすハプニングが、俺の悩みの種である。

俺と幼馴染との一連のやり取りを、ぽかーんと地面に座り込んだまま見つめている彼女…もとい嫁さんへの事情聴取は、三十分後へ引き延ばされる事となった。




【重なる幼馴染達の視察と運命の出会い】




「…もぅ、エスタロッサったら」



桃色の長い髪の女性…メラスキュラは黒いベールのような闇を纏わせ、宙に浮いた状態で腰に手を当てて、彼等の様子に呆れた視線を注いでいる。

幼馴染であるエスタロッサが、任務終了後に報告を部下任せにして、この領地へ向かった事を聴いて、彼女は追いかけてきた。

マイペースで、自由気ままな行動をする彼に頭を悩ませる部下の懇願や他の十戒からの依頼もあり、今回も尾行する形でこの領地へ訪れる事となったのだ。

メラスキュラ個人も、長く続いた任務が一段落した事もあり、遠方にいる幼馴染のもとへ行きたかったので好都合だったが…。


案の定、エスタロッサはまたやらかしてしまったのか、ヴァイスに説教されている真っ最中だ。

それはいつもの事だからいいとして…


(問題は…あの娘ね)


二人の様子に、オロオロとしている侵入者の女。

外見の年齢的には、メラスキュラと同じか年下に見える程度だが、何者だろうか?

人の容姿だが、その身に宿る魔力から人間ではないのは確かだ。


(とりあえず、逃げないように見張っときましょうか)


何者かは、本人を尋問する方法が手っ取り早い。

ヴァイスの説教が終わるまで…侵入者がヘンな動きをしないよう、メラスキュラは目を光らせていた。






【つづく】

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