【6】記念小説集


時刻は、午後8時を過ぎた。

エルは、玄関付近で右往左往していた。


「ルル……ルドガーも、シンも、シズクも…かえってこないね」

「なぁ~…」


ルドガー達が、玄関の扉を開けて帰宅する気配はない。

おそらく、今日の内に目的の魔物を倒す事ができなかったのだろう。

薄々その事を感付いていたのか、リエから先に夕食を食べようと言われて済ませた。

テレビを見ながら様子を見ていたものの、時は過ぎていき、現在に至る。


「…あーあー、折角、今日の料理、シンが好きな魚料理だったのに」

「にゃー…」


今日の夕食の献立は、鮭のムニエル、バターライス、玉葱のコンソメスープ、ハムサラダ。

デザートは、白玉団子を使ったフルーツポンチだった。

どれも美味しそうだったのに、今日はリエと2人きりの食事。

いつもは五人にいて賑やかなのに、三人減るだけで、味が変わるものなのだと実感した。


「3人とも、今どこにいるのかな?」

「なーう」

「マモノ、退治できなかったから外でごはん食べて、寝てるのかも…」


『野宿』というものを、エルはまだ経験した事がない。

幼い頃、眠る時に父が御伽噺を語ってくれた際に出てきた単語だ。

野宿を何回かした事があるジュードが教えてくれた。

外で眠るから宿代が節約できる反面、食事の準備やテントの設置…といった面倒な事を自分でしなければならない。

魔物や盗賊等に襲われるリスクもあるため、色々と大変らしい。


「だいじょうぶだよね…」


3人は強い。

それは、エル自身が一番よく知っている。

けれど…


「…パパ」


エルの脳裏に、父が攻撃されたあの場面が蘇る。

父は強い…でも、あんな大人数の悪者に攻撃されたら、大怪我している可能性が高い。

それ以上に…


「だいじょうぶ、ぜったい、だいじょうぶ…!」


エルは、浮かび上がりそうになった最悪のイメージを首をぶんぶんと左右に振って一蹴した。

…リエが、教えてくれた魔法の呪文を唱えて。


「そうだよ、パパはきっと待ってる、エルを待ってるんだから…」


エルはそう自分に言い聞かせながら、うんうん頷く。


「ルドガーも、シンも、シズクも…強いからぜんぜんヘーキだよ、ぜったいに…」


自分を鼓舞するために、エルはさらに呪文を唱える。

ルドガー達は必ず帰ってくる…疲れている3人を、笑って出迎えてあげなきゃいけない。

そんな使命感に近いものを抱きながら、エルはジッと玄関を見据える。



「エルちゃん、お風呂の時間ですよー」



しかし、リエの呼び声によりその場から離れざる負えなくなった。


「…ルル。ここにいてくれる?」

「なーう!」


ルルに代わりを頼むと、エルは風呂場へ足を進めた。



*** ***** ***



「ふぁー…」


湯に浸かりながら、エルはまったりする。

ポカポカといい温度で、手をパチャパチャと動かすと湯に水紋が浮かび上がる。


「あったかい…」


エルは、立ち上がる湯気を眺めながらその言葉をつぶやく。

すると、ガラリとガラス戸が開いた。


「エルちゃん、湯加減は如何ですか?」


身体にタオルを巻いたリエが入ってきた。


「ちょーどいいー」

「そう、よかったわ」


頭洗いましょうか…と言われて、エルは湯船からあがった。


「髪を洗いますよー」

「はーい」


リエは、シャカシャカとシャンプーを泡立ててエルの髪を洗う。

エルは、時折泡が入らない様に目を瞑ったりしながらじっと大人しくする。


「んー、いい感じー」


ほどよい力加減で指の平を動かし、丁寧に、リズミカルに髪を洗われ、気持ちさそうに目を細めるエル。

泡を洗い流し、次にリンスでエルの長い髪を数本の束にして、それぞれに馴染ませるようにリンスをつけていく。

そして、髪についたリンスをシャワーの水圧を使い、手に力を入れずに優しく流していく。


「リエさん、次はエルの番!」

「あら、じゃあ…背中お願いしましょうか」

「うん!」


バトンタッチしたエルが、柔らかいスポンジに、ボディソープを数滴垂らしてクシュクシュと泡立てる。

その泡を纏ったスポンジで、リエの背中を撫でるように拭いていく。


「いかがですかー?」

「とってもいいですよー」


リエの満足そうな返答に、エルはふふふと嬉しそうに笑う。


「ふはぁー…」

「いいお湯…」


身体を洗い終え、二人はチャポンと浴槽に浸かる。

エルは湯の温かさを満喫していると、隣にいるリエに視線を向ける。


「ねぇねぇ、リエさん」

「なあに?」

「…どうやったら、大きくなれるの?」


エルの唐突な質問に、リエは小首を傾げる。


「身長の事?」

「うん、この間ね…アルヴィンが言ってたの。ナイスバディは、男の人の『りそう』だって」


つい先日、マクスバードで仕事があった時に、ジュード達と共に行動する事になった。

道中、シンとアルヴィンが女性の話題で盛り上がっていた。

その際に、アルヴィンは『男の人は、胸の大きい家庭的な女性に魅力を感じる』と話していた。

一時的に自由行動していたため、その場にいたのは男性陣だけ。

エルはたまたま、シズクとそこに戻ってきたため、その話を耳にしたのだ。


「リエさんやシズク…ムネが大きいし、どうやったらそうなれるのかなーって」


どうやら、エルはアルヴィンの話に感化されてしまったようだ。


「エルちゃんは、そういうのに憧れているのね?」

「うん! ナイスバディになって、ルドガーやシズクみたいに強くなって、シンみたいにかしこくなって…リエさんみたいにキレイになるのが目標!」


目を輝かせて、エルは将来の理想の自分を語る。

リエはあらあらと微笑すると、なら…とこう続けた。


「エルちゃんは、たくさんの事をしないといけませんね」

「…なにをすればいいの?」


やる事がいっぱい…という言葉に、エルはごくっと唾を飲み込む。



「外に出て、たくさんの人と出会って、信頼できる人や親しいお友達を見つける事。

一般常識を含めて、本をいっぱい読んで勉強して、自分の知識を増やしていく事。

3食きちんとご飯を食べて、夜は遅くならない内に寝て、身体を成長させる事」



それが今、エルちゃんにとってしないといけない必要な事なんですよ…とリエは言った。


「うわぁ~…あれ? 3番目はエル、いつもやってるよ」

「これからも続けていく事が大事なの。大人に近づくと、3番目を守りたくても守れない人もでてくるから結構難しいんですよ」

「…そっか。ハードなんだね、3番目って」


お喋りをしている間に、いつの間にか時計の針は進んでいた。

リエが、時刻を確認して風呂場から出る事となり、お風呂タイムは幕を下ろした。



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