【6】記念小説集



「あとはトッピングするだけ。マライヤさん、そこの器とってくれますか?」

「はい、どうぞ」


件の料理人の指示を聞きながら、マライヤは調理をサポートする。

離れたテーブルの椅子に腰を掛けるDIOは引き攣った笑いを浮かべ、傍らに立つテレンスの顔色は微妙に蒼白で背後に影ができている。

何故なら…


「まさか、うりさんが『トマト・アラモード』を食べたいなんて思いませんでしたよ」

「珍しいデザートだから召し上がりたい好奇心に駆られたのよ、きっと」


そう、マライヤが紹介してくれた料理人こそ、DIOが必死に料理本を読みふけっていた最大の理由…フィンその人だからだ。


(ああ…なんという事だ…)


テレンスは事の深刻さに、主に声をかけてフォローする事すらままならない。

よりにもよって、サプライズ的に好きな物をプレゼントして喜ばしたい相手に、それをつくらせる事態に陥ってるのだから。

こうなる前にマライヤに詳細を聞かせるべきだった。

些細な事が思わぬ展開に…執事としてあるまじき失態をしてしまった。

ちらりとDIOへ視線を向けると、普段すました微笑が得意な彼が、かなりぎこちない作り笑いしかできていない。


(まずい…あのDIO様が動揺している…)


マライヤに目的の料理を作れる人物と会わせろ、と命じたのは他ならぬ主自身だ。

おそらく、DIOも内心は地べたに両手をついてへこむ勢いなのだろう。

絵文字で表現するなら「orz」と綴れば、分かりやすい。

もう少し慎重に言葉を選べばよかった…いつになく柄でもない行動をしてしまった事を、彼は本気で後悔している。


「うりさん?」


気分が氷点下へ落ち込んでいる彼の心に光を当てたのは、フィンだった。


「顔色優れないけど、風邪でも引きました?」

「いや…少し寝不足なだけだ」

「まーた、無理して本を読みすぎたんですね? ダメですよ、きちんと睡眠はとらないと」


フィンはやんわりと体調管理しなさいと注意を促すと「はい、どうぞ」と綺麗な硝子の器をDIOの前へ置いた。


「これが…」

「『トマト・アラモード』です。どうぞ召し上がれ」


主が探し求めていたデザートに、テレンスも思わず凝視した。

デザート用の硝子の器には、ダークチェリーやカットした苺、オレンジ、生クリーム、そして中央に赤い色のゼリーが盛り付けられていた。

DIOは匙でそれを掬い取り、口へ入れた。


「う…うまい…!」


微かに目を開けて口から出た感想は絶賛だった。


「うりさんもこの味の良さが分かるヒトでよかった~…これ、私の大好物なんです。

トマトをゼリーにして、プリン・アラモード風に仕上げたデザートでね…」


嬉しそうにトマト・アラモードの調理法を語るフィン。


(これは…予想外の展開に…)


漂っていた陰鬱な空気が、フィンのおかげでゆっくりと清浄されていく。

彼女の説明に相槌を打つDIOの表情は徐々に綻んでいく。


「貴方の分よ」


二人の様子を呆然と見守るテレンスに、さりげなくマライヤがトマト・アラモードの器を差し出した。

コトッと置かれたそれをテレンスも匙を用いて一口試食した。


「ッ!……おいしい」


主の感想が誇張ではない事が判明した。

トマトがこんなに甘いデザートへ早変わりするとは…軽いカルチャーショックだ。

一口…また一口と食が進んでしまう。


「あの子を呼んできて正解だったでしょ?…ほら、DIO様も満更ではなさそうよ」


マライヤは、フフッと愉快そうに笑う。

当初の秘密裏に好物を調べ上げて、フィンをもてなす計画は思わぬ形で頓挫してしまった。

しかし、逆の立場となったものの結果的にフィンを喜ばせる事は成功したのではないか…?


「ええ…そうですね」


…その証拠は、自らの眼前に映る、談話する二人をみれば明白だった。

テレンスは匙を置くと、口元を緩めてマライヤの意見に同意した。





【All's well that ends well.】





トマト・アラモード試食会が終わり、持ち場へ戻ろうとしたテレンスは首を傾げる。


(はて、何か忘れているような…?)


後に、今回の騒動のそもそものきっかけだった同僚の男性が行方知れずだと、テレンスが気付くのは翌日の事。

さらに、その男性が大量のトマトと料理本を買い込んで帰還するのは三日後の話。

「トマト・アラモード」を創作するのを手伝ってくれと頼み込んできた同僚の並々ならぬ執念と熱意に、テレンスがどんな表情をしたのかは…ご想像にお任せしよう。





【おわり】

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