第3章【2】ライバル少女は戦略的撤退をする
「はぁ~…できた…」
二十分後、向日葵は無事レポートを完成させる事ができた。
小鈴も解放感と達成感に包まれるも、まだ安心するには早いと気を引き締める。
「よし、本を戻しに行くか」
「うん!」
机の上に置いていた本を両手に持って、小鈴と向日葵はそれぞれ本棚の中へ戻していった。
向日葵が最後の一冊を空いている枠に入れるや、小鈴に視線を向けた。
「あのっ…李さん」
「なんだ?」
「…お手洗いに行ってもいいかな?」
ごめんね、急いでいるのに…と申し訳なさそうに小声で「トイレに行きたい」と言われた。
「分かった。私も付き合う」
向日葵からのお願いに、さすがに「我慢しろ」と言うのは酷だと思い、
共にトイレへ向かう流れとなった。
途中、周りにいる利用客の様子をそれとなく観察してみた。
先程、こちらを見ていた男女のグループの姿はどこにもなかった。
(別のフロアにいるか、あるいは帰宅したか…)
できれば、後者であってほしいものだ…関わりたくない。
オーナーから渡されていたミニマップをもとに、女性用トイレへと急いだ。
「荷物は預かる。だから早く行け」
「うん…ありがとう」
向日葵は御礼を言うと、すぐに中へ駆けていった。
トイレの出入口前に立って、怪しい人物が現れないか…注意しなければならない。
それから、桃色のショートヘアーの女子がやってきたが、無害な人物だとすぐに分かったので
軽く会釈してスルーした。
(…あの男は、連れだろうか)
トイレからやや離れた付近で、雑誌を読んでいる20代くらいの長い黒髪の男性。
さっき、入って行った女子と軽く話していたのを目にしていたため、
二人が知り合いなのは間違いない。
時折、視線を向けているところを見ると…あの女子を待っているのだろう。
奥の方で、ジャーと水道の蛇口から水が出る音が響いてきた。
(ようやく、帰れるな……ッ!)
その時、小鈴は感知した。
ほんの一瞬の間に、“あの気配”がしたのだ。
(【クロウカード】…この店のどこかにいるのか!?)
もしそうなら回収しなくては…と思った直後、隣の男子トイレから金髪の青年が出てくるのが見えた。
(さっきのグループの一人だ。こんな時に…)
同時に、幾分か冷静になる事ができた。
このまま店の中を捜索するのは…得策ではない。
今 行動すれば、【クロウカード】の存在が明るみに出てしまうリスクがある。
その能力を使用できる向日葵や、自分にも危害が及び可能性もある。
(…作戦を立てねばならない)
小鈴の決断は早かった。
どんなクロウカードが【双月文庫】に潜んでいるのか…。
詳細を調べるためには、再度この店を訪れる必要がある。
「李さん、お待たせ!」
タイミングよく、向日葵が出てきた。
それから、小鈴は彼女と一緒に店の出入り口の扉へ足を進めると…丁度、ハルが立っていた。
「いかがでしたか?」
「はい、とっても参考になりました!」
ハルに御礼を言う向日葵の様子を横で見ながら、小鈴はこれからの事について再び思案する。
(オーナーや他の利用客に、不自然でないように店内を探索するためには…
なるべく足を運ばねばならないか)
すなわち、店に定期的に通って普通の利用客として馴染まなければならない。
…なかなかの長期戦になりそうだ。
(まずは…この店と、オーナーの事を調べてみるか)
ふとハルの目が、こちらに向けられた。
「…ありがとうございました」
「どういたしまして。またのお越しをお待ちしております」
微笑みながら挨拶をするハルに、小鈴は礼儀正しく頭を下げながら心の中で呟いた。
(侮れんな…この男)
【ライバル少女は戦略的撤退をする】
大半の利用客が帰路につき、【双月文庫】の閉店時間を迎えた頃…
『マスター、おつかれさまー』
ふわふわと足元をくすぐられる感覚がした。
ゆっくり視線を下ろすと、イーブイのウィズが甘えるように頬を寄せていた。
「うん、ウィズもご苦労様。
今日もお客さんの相手をしてくれてありがとう」
ウィズを抱きかかえると、背中をよしよしと手で撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるウィズに、ハルは優しい眼差しを向ける。
『ねぇ、マスター』
「ん、なんだい?」
『きょう…こわいヒトいた』
怯えたように、ウィズが声を震わせながら言った。
「…あぁ、いたね。初めて来た人達」
『近くにいったら、ぞわぞわした。
特に…目つき悪そうなヒトとおでこに変なあざがついてるヒト』
思い出したのか、ウィズは身を縮ませる。
「大丈夫。変な事しないように注意はしておいたから」
『ほんと…?』
「…それでも言う事を聞かないようなら、それ相応の対処はするけれどね」
もし、あのグループが店の規定に反する行為を行ったら、こちらも実力行使させてもらう事になる。
…物騒な真似はしない。
【二度と店に入れないようにするだけ】だ。
「これから、常連になりそうな人もいたし…忙しくなりそうだ」
『また来てくれるの? どんなヒト?』
「うん…懐かしい常連さんにそっくりな人だよ」
小首を傾げるウィズに、ハルは口元を緩めてそう答えた。
【つづく】
・
