第2章【11】舞い散る花々と、仕掛ける罠


「彼の方は成功したみたいだね」



領域の主…普賢は、既に二胡の演奏を中断させて、その両手に丸い球体を支えるように持っている。



「普賢さん、それは何ですか?」

「これは宝貝【太極符印】」



宝貝とは、普賢が住む世界の仙人や道士が使う武器の事。

使用する対象者の精気をもとに、その宝貝に備わっている能力を発揮するという仕組みらしい。



「見た目は機械っぽい大きめのバスケットボールじゃな…」

「あっ、ストップ!」

「ん?」



【太極符印】を指先で触ろうとした仁王に、普賢がやんわりと制止した。



「危ないよ、仙人や道士以外の人が触ってしまうと一気に精気が吸われてしまうんだ

…一歩間違えると衰弱死してしまう」



彼の説明を聞くや、向日葵はギョッとした。

危うく触ろうとした仁王は、バッと指先を離して二歩後退した。



「僕は仙籍を抜いているけれど、エクレシアになっているから問題ないみたい。

長年、愛用している物を使えなくなる事は不便だからね」


「そ、そうなんですか…」



にこにこと語る普賢に、向日葵はぎこちなく笑いを浮かべてしまう。

なんとなく気まずい空気が漂っているのを振り払うように、仁王がごほんっと咳をして別の話題を振った。



「普賢さん、さっきの言い方じゃと…ヴィンセントの方はうまくいったんか?」

「うん。これを見て…」



普賢に促され、仁王と向日葵は【太極符印】に目を向ける。

【太極符印】には、コンピュータ画面のようなものが表面に映し出されており、

普賢はタッチパネルのようにカチカチとそれを操作している。



「映っているのはこの果樹園内の地図、僕達がいるのは…ココ」



その地図の中央付近に、三つの光点が表示されている…向日葵、仁王、普賢がいる場所だ。

果樹園は領域内全体で言えば、思いの外小さい面積のひとつの島に見える。

その島を取り囲むように、赤い線が引かれており、ちょうど南の方角に一つの光点がとどまっていた。



「ヴィンちゃん、よかった…」


「地図じゃと狭く見えても、島全体を実際に移動するとえらい距離になる。

俺らが犯人を引き付けとる間に、よう頑張ったな…あいつ」



ヴィンセントの役目…それは、果樹園全体に侵入者を出入りを封じる事。

その方法は、普賢が用意した特殊な粉を彼が指定した場所へばらまいていけばいいだけ。


簡単そうに見えるが、意外と難しい。

何故なら、犯人が領域内に出現して留まっている内に全ての指定箇所に

粉をふりまかなければならず、かなりのスピードを要求される。


時間がかかってしまえば、その間に犯人が逃走してしまうため、

必然的に素早い動きができる人物でないといけない。


当初は向日葵が行う予定だったが、彼女の関係者達がやってきた事で、

普賢はその配役をヴィンセントへ変えた。

ヴィンセントは身軽で、移動速度も他の人と比較して早い。

普賢はその点に目をつけ、彼にその役目を任せたのだ。



*** ***** ***



「ふぅ~……久々やな。空中マラソンしたんは」



そう言いながら、ヴィンセントは満足気に額から流れ出る汗を手で拭い取る。

犯人が普賢達の様子に気を取られている間に、全速力で指定の位置に粉を撒いていった。

正直、間に合うか否か…五分五分の確率であった。


だが、見慣れない魔力の主…犯人は未だに領域内に留まっているようだ。


…間に合った。

作戦が上手くいった事に、ヴィンセントは「うっしゃー!」とガッツポーズをとる。



「あとは頼むでぇー!」



自分の役目は終わった。

後は、向日葵達にすべてを任せよう。



「あー…しんどい」



安心したのか、どっと疲れが出てきた。



「休みたい時に休んどかんとな…ふぁ~…」



ヴィンセントは欠伸をしながら、樹に腰かけて一休みする事にした。



*** ***** ***



そこから東南方向辺りに、一定の距離をとる形で二つの光点が移動している。



「この青色の点は暁さん。対して赤色の点は…」

「―――【犯人】ですね」

「だんだんこっちへきよるな…」



赤色の光点が早い速度で、向日葵達のいる中央付近へ近付いている。

犯人はほぼ直線にこちらへ来ている…暁が巧みに誘導しているのだろうか。



「そろそろ、僕達の出番だね」



普賢はそう呟くと、背中から左右合わせた六枚の光翼を出現させた。

加奈から聞いた話だが、エクレシアの羽の色は各個人によって異なってくるという。

リエの光翼は純白であったが、普賢は琥珀色だ。

まるで、月を連想させるその色に「うわぁ…」と向日葵は思わず感嘆の声を漏らす。



「ドラえもんの道具は持ってきてる?」

「はい、ばっちりです!」


「装着完了なり」

「それじゃあ…開始!」



普賢の合図で、向日葵と仁王は頭に装着したタケコプターを回して真上へ昇っていく。

それから、一足遅れて普賢も光翼を羽ばたかせて、二人のいる上空へ向かう。



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