第2章【11】舞い散る花々と、仕掛ける罠
その人物は、果樹園の中央を目指していた。
人目を忍ぶようにキョロキョロと周りを見渡しながら、
小走りで移動するその姿は傍から見ても怪しすぎる。
~♪♪♪ ~♪♪♪
進んでいく内に、二胡の音が聞こえてきた。
夢の領域の主は、今日もあの素晴らしい音色を生んでいる。
近すぎず、遠すぎない程度の場所から樹の影に隠れて見つめる。
何度か、こちらの気配を感知して領域の主は探索している…
見つかってしまうのを避けるために、ギリギリの一定の距離を空けなければならない。
「先輩、ステキな音色ですね」
「おぉ…海外ドラマで流れてたん、思い出した」
その人物…侵入者は「あっ…」と小さく声を漏らす。
領域の主の奏でる二胡の音色を聞くのが、自分だけではなかった。
…先客がいた。
背の高い青年と可愛らしいおさげの髪形の少女が、地面に腰を下ろして領域の主の演奏に耳を傾けている。
少女の方は、少し前にこの領域内に一回訪れた事のある子だ。
見慣れないあの青年は、途切れ途切れで聞こえてくる内容から親しい間柄らしい。
彼もまた少女と同じく、夢の領域まで来れる術を習得しているのか…。
領域の主の演奏が終わるや、パチパチと手を叩く音が重なり合う。
「次は何を弾こうかな…二人とも、何がいい?」
「うーん…そうですね」
「二胡で現代風の曲とかできるんかな?」
「できるよ。僕が弾けるのは…」
~~♪ ~~♪♪ ~~♪♪♪
言葉の途中で、領域の主は二胡を弾き始めた。
その曲は、この領域に足を踏み入れるようになって大分経つ侵入者も聞いた事のないものだ。
「あっ、これって朝のテレビドラマの主題歌だった曲ですよね!」
「おー、あったあった。それって有名な漫画家とその奥さんがモデルの話じゃったな」
「はい、私…お父さんが録画してたのを妹といっしょに観てたんですよ」
「うちはおかんと姉貴が熱心にみとったな…おかげで、他の番組がみれんかった」
話の内容から、その曲の名前をあの二人は知っているようだ。
ところどころ聞き慣れない単語が出ているが、二人が住む世界にある物語に使われているらしい。
「よかった、二人とも気に入ってくれて」
「普賢さん、時間があればその楽器を練習しているんですか?」
「そうだよ。でも、経験はまだ浅い方かな」
「ちなみに、どのくらいで?」
「十年目ぐらいだね」
「じゅう…! …ちょい待ち、それ十分経験積んどる年数ぜよ」
「そうかな?」
領域の主の答えに、青年が「なぬっ!?」と驚きの色を顔に露わにしている。
…【十年】
普通の人間からすれば、長く感じられる年月だろう。
今の侵入者にとっては、刹那の時間に感じられる程度のもの…
その点は領域の主と同じ感覚だ。
「僕は元仙人だから、時間の感覚がアナちゃん達とはズレてるから無理ないよ」
「せ、仙人さんだったんですか!」
「…驚きの事実の連続なり」
あの少女は【アナ】という名前のようだ。
それにしても…今日の領域の主は、自分の身の上話を語るなどいつになく情報公開が多い。
仮に、自分がアナと青年の立場にあったら…うまく会話できるだろうか?
(うん………ムリだ)
侵入者は首を緩慢に振りながら、自問自答する。
本当なら、領域の主と直に対面しなければならない。
だが、侵入者はそうする事ができないでいる。
「…はぁー…どうしよう」
『随分と悩んでいるようだな』
「声をかけるなんて…難題すぎる」
『もしや…それが原因でずっと隠れていたのか?』
「そうなん…で…えええッ!?」
侵入者はようやく気付いた。
…後ろから第三者がいて、話しかけていた事に。
『むっ? 想定した姿とは異なるな…』
炎を纏う狼が目を細め、首を捻る。
侵入者が、彼自身の思い描いていた人物像とは違っていたので意外に感じているようだ。
だが、侵入者はそれどころではなかった。
突如出現した狼に…動揺して、顔中から大量の汗がダラダラと流れ落ちる。
一歩、一歩、後退していく侵入者に、狼は様子がおかしいと察知したのか口を開く。
『侵入者よ、お前に訊きたい事があ…』
「うっ、うわぁあああああ!!」
『なっ…お、おい!?』
侵入者が叫び声を出し、物凄いスピードで逃走しだした事で、狼が言葉を中断せざる負えなかった。
『あの者…魔力が使えるのか』
単に足で駆けていったのではなく、地面から低めに離れる形で宙に浮いていた。
侵入者の能力の一部を見抜いた彼の視線が、西方面の上空へ向けられる。
『…どうやら、あちらは終わったようだな』
安堵を乗せた言葉を呟くと、狼はさて…と犯人が逃走した方向を睨み据え、高らかに咆哮をあげた。
低空飛行かつ全速力で逃亡する侵入者は必死だった。
あの炎を纏う狼は、領域の主を守護する者だろう。
今日まで、隠し通してきた己の姿を見られてしまった
…これは彼にとって死活問題だ。
(急いで…急いで元に戻らないと…!)
侵入者が目覚める…元の世界に戻る手段はひとつ。
それは『果樹園の外へ出る事』である。
彼が、今まで領域の主に見つからずに脱出できていたのは持ち前の魔法(逃げ足)と幸運が続いたからだ。
果実の甘い匂いが漂う樹々を潜り抜けながら、彼はスピードをさらにあげる。
あと、もうちょっとだ…!
侵入者が、果樹園の外へと出ようとしたその時…
ぼふッ…!
「って、ぶふっ!?」
柔らかい何かが、侵入者が脱出するのを阻止した。
なんだこれは…!
侵入者は恐る恐る両の掌全体を使って、それを確認するように触れる。
「透明な幕……これは…魔法の一種…」
侵入者の顔から徐々に色が失われていく。
領域の主は本腰を入れて、自分を捕獲しようとしている
…その事実を否応にも感知したのだ。
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