第2章【11】舞い散る花々と、仕掛ける罠


向日葵がゆっくりと瞼を開けると…



「いらっしゃい」



甘い桃の匂いが鼻に伝わる。

微笑を浮かべた普賢が出迎えてくれた。



「お待たせしました。普賢さん」

「うん。来るのをずっと待ってたよ」



普賢はそう言うと、視線を別方向に向けて…



「はじめまして、皆さん」



そこには仁王、ヴィンセント、暁がいた。

既に目を覚ましていたようで、彼等の目は普賢に集中している。



「おー、喋っとるあんたとは初めてやな。ワイはヴィンセントや。よろしゅうな」

『暁だ…お初にお目にかかる、普賢殿』

「はじめまして…普賢さん、あんた、俺らが此処におるの驚かんのか?」



仁王が訝し気に問いかけると、普賢はにこやかに頷く。



「外の様子は見ていたからね。

加奈ちゃんにお願いして、僕の領域まで来てくれたんでしょう」


「…さっさとあんたを起こさんと、問題が解決しないんじゃ。

向日葵やあんたを心配しとる仲間のためにも犯人を捕まえよう思っただけなり」


「うん、ありがとう」



多少棘のある返し方をしたのに、普賢は純粋に心からお礼を言った。

邪気のない…癒しのオーラが漂う彼の反応に、仁王はちょびっとだけ罪悪感が芽生えてしまう。



「ところで…犯人は?」

「まだ来てないよ」



向日葵がこそっと尋ねると、普賢も小さい声で答える。



「分かるんか?」

「誰かが侵入した場合、この領域内全体に【音】が鳴る仕組みにしているからね」



向日葵はあっ、と声を漏らした。

そうか…初めて、普賢の領域内に来た時に鳴ったピアノの鍵盤の音が聞こえたのはそういう事だったのか。

改めてその事実を知り、「なるほど、そうだったんだ…」とウンウンと頷きながら納得した。



「さてと…今のうちに練習しておいた方がいいね」

「練習?」



普賢の言葉に、ヴィンセントの頭に疑問符が浮かび上がる。



「お嬢さん、貴方の名前を教えてください」



普賢が、何故か向日葵に名前を告げるように促す。

すると、向日葵は「待ってました!」と目を輝かせて口を開く。



「私の名前は、『アナ』です」

「そう、アナちゃんだね」


「??? どういう事なんや?」



ヴィンセントが不思議そうに尋ねると、向日葵は「あのね…」と説明をし始める。



「…という事で、自分の個人情報をバレないようにするために、ハンドルネームを決めたの」

「なんや、そーいう事はきっちりホウレンソウしてくれんと困るで!」

「ヴィンちゃんにも教えようと思ってたんだけど…タイミングがつかめなくて」



向日葵は、両手を合わせて「ごめんね」と謝る。



「そもそも、ヴィンセント…夕食の時におらんかったじゃろ。

あの時、向日葵は全員に教えよう思うて待っとったのに。

時間を守らんかった、おまんにも非がある」



お前も人の事を言えないだろ…と仁王は、眉を顰めて指摘する。



「むぅ…それはスマンかったな」

「そういえば、あの時どうして食堂に来るの、遅くなったの?」


「ダンの兄ちゃんとちょいと世間話をしとったんや。

思いの外、長くなってもうた…」


『…事情は分かった。そろそろ本題に入らぬか?』



暁に促され、向日葵達は「あっ…」と話すのを中断した。



「ご、ごめんなさい」

「つい、脱線してしもうた」


「暁のフォローに感謝するなり。気ぃ取り直して作戦会議じゃ」

「それじゃあ、初めての人もいるから作戦の内容を一から説明するね」



犯人確保作戦は、当初は向日葵と二人で行う予定だった。

そこに仁王、ヴィンセント、暁も加わる形で、普賢は作戦内容を一部変更させた。



「なぁなぁ…わいの担当って地味やないか?」

「そうかな? ヴィンちゃんだから任せてくれたんだと思うよ」



自らの役割に難色を示しているヴィンセントに、向日葵が「がんばって」と応援する。



「暁、おまんはどんな事するんじゃ?」

『――――という役割だ』

「大役じゃなぁ…」



その傍らで、暁と仁王が各々の役割について話し合っている。



『この任務はどの役であろうと、どれかひとつでも欠けたら成立しない。

雅治よ…手は抜くなよ』


「おん、勿論!」



―――ポーン………………ポーン…



その時、ピアノの鍵盤の音が領域全体に鳴り響いた。



「あっ…きたみたいだね」



それは…犯人が侵入してきた合図だ。

向日葵達の間に緊張感が走る。



「皆、慌てないで。でも、騒がないようにね。

それから…ある程度の緊張を持って、犯人を捕まえよう」


「はい!」



普賢の言葉に、向日葵はビシッと敬礼をする。



「普賢の兄ちゃんの傍におると、逆に気がユルユルになってしまうんは気の所為やろか…」

「同感なり」



対して、ヴィンセントと仁王は逆に落ち着きすぎている普賢に戸惑っているようだ。

あのウサギ仮面…リーシェの事が頭をよぎる。


彼女は、他者が近寄りがたい独特のオーラを放っていたが、普賢の場合はその逆だ。

傍にいると和んでしまうマイペースな雰囲気が漂っており、こちらの調子を微妙にしてくる。

案外、彼は別の意味で厄介な人物なのかもしれない。



『お前達、話は犯人確保の後にしろ。

…近づいてくるぞ』



暁は目を鋭くして、果樹園の奥の方を見据える。

普賢が徐に手を上げたのを合図に、作戦は始まった。



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