第2章【10】病院庭園での再会と、舞姫と炎の狼の雑談


「…そう、大変だったのね」



ドラえもんが今までの経緯を説明すると、コゼットは神妙な顔で口を開いた。



「向日葵ちゃん達のおかげで、普賢さんの肉体を保護する事ができました」

「いえ、そんな…」


「ドラちゃんの言う通りね。私も御礼を言わせてください。

普賢さんを助けてくれて…本当にありがとうございます」



コゼットからも感謝の言葉を言われ、向日葵は胸が温かくてくすぐったくなってしまう。



「娘…って、姉貴か妹の間違いじゃのうて?」

「そう思うやろうけど、ホンマに娘さんの方や」


「リエさんって……俺のオカンと年齢近い可能性が出てきたナリ」



仁王は冷や汗を流しながら、外見と実年齢の差についてヴィンセントと話し合っていた。

そんな彼等の様子を少し離れた場所から、加奈は静観していた。



『すまぬが、娘よ』

「あっ…はい、なんですか?」



同じく輪から外れていた暁が、加奈に声をかけてきた。

加奈ははっとして言葉を返すと…



『先程は敢えて追求しなかったが、隠している事があろう』



コゼットと話している向日葵達には聞こえない程度の声音で、暁はその事を指摘した。

加奈は彼の言葉に動揺する事なく、小さく首を縦に振る。



『…理由を訊いても構わないか?』

「普賢さんの件が片付けば、元の世界に帰るはずだから…敢えて言いませんでした」



加奈は、ゆっくりと目を閉じると言葉を続ける。



「此処は『あの世』と【この世】の狭間に近い世界。

…『魂』と【人】が共存している稀有な場所。

その事実を…あの子達が知るにはまだ早すぎるんじゃないかと思ったんです」



暁はやはり…と真剣な顔で、加奈を見上げる。



『【ピヨ】と呼ばれるあの雛は…元は人であった者達だな』

「やっぱり気付いてました?」


『一応、長き時を生きてきた身だ。

魂が別の形で具現化する事例は、何度か見た事がある』



目にした事があると言っても、その現象が気持ちのいいものばかりとは限らなかったが…。



「暁さんは…今まで私達以外のエクレシアと会った事はありますか?」



単純な好奇心からか、もしくは別の意図が含まれているのか。

加奈からその質問を投げかけられ、暁は多少逡巡するが…徐に口を開いた。



『ある』

「おぉ…差支えなければ、どんな方達でしたか?」


『大半は、リエ殿やお主のような不要な争い事を好まぬ者達だった。

一部例外はいたがな…』



暁の脳裏にその代表である二名が浮かび上がる。


…真紅の長い髪と美しい顔立ちだが、好戦的な男。

…己の流儀に固執し、特定の分野では右に出るモノがいないスキルを持つ元死神の女性。


彼等は悪い者ではなかったが、一概にいい人物とは言い切れなかった。



「どの時代にも…例外はいるんですねー」



微妙な表情を浮かべる暁に、加奈が遠い目をしてそう言った。

彼女の傍にも『例外』がいるのだ…だから、暁の気持ちが分かるのだろう。



『…お主は、エクレシアになって後悔はないのか?』

「えっ!? 唐突にシリアスな事を聞きますね…」


『人が人ならざる者へと進化した場合、強大な力を得る一方で代償を伴う事になる

…エクレシアも例外ではないだろう』



仰る通りです…と加奈は心の中で同意した。

人とは異なる悠久の時を生き、希少な特徴であるゆえに、さまざまな勢力から狙われる危険がある。

さらに、何かのはずみで力を暴走させてしまい、【カオス・クオーツ】へ成り果ててしまう

リスクも背負っている。


この世界…【クロト=メグスラシル】があるおかげでリスクを大幅に減らせているが、

世界を越えてしまうと己の立場がぐらついて、盤石とは言えなくなる。


…そのたびに、自分が綱渡りの状況に置かれているのだと実感する。

それでも―――



「厄介な出来事に巻き込まれる事はあります。

でも…不思議と後悔はしてないです」



エクレシアになって、生前の人間関係に区切りをつけ、因縁を清算できた。

そして、前世の自分と今の自分の境界線を見つけ、上手く折り合いをつける事ができたのだ。

そのおかげで、以前よりも心が安定していると加奈は感じている。



『そうか…』



暁は簡潔にそう呟くと、視線を前方にいる向日葵、仁王へと移していく。



『あの子達は…ある事が原因で戦う術を身に着けざる負えなくなった。

今後も二人に…そして彼等を取り巻く者達の間に困難が待ち構えているだろう』



未回収の【クロウ・カード】、世界を越えてくる招かねざる渡航者…

あらゆるものが試練となって、彼等に立ち塞がるかもしれない。

向日葵と仁王、テニス部のメンバーがそれを乗り越えていけるのか。

…不安がない、訳ではない。



「…優しいんですね」

『…ん?』


「向日葵さん達を…大事に思っている。

その気持ちが顔に出てますよ」



加奈が微笑みながらそう言うと、暁はふぅ…と軽く息を吐いた。



『我からみればまだまだ未熟だ。

それ故に目が離せない…のは否定しない』


「でも、信じている。だから…見守っているんですよね?」



その問いかけに暁は答えなかったが…



『さてな…』



口角を少し上げるその仕草で、加奈は自ずと彼の思いを感じ取った。





【病院庭園での再会と、舞姫と炎の狼の雑談】





それから、向日葵達はコゼットや加奈と交流を深め、病院の食堂で夕食を済ませた。

病院内に設置されている大浴場まで使わせてもらい、身体をスッキリさせてから

普賢のいる病室へ向かった。



―――時刻は午後11時50分。



「向日葵、準備ええか?」

「うん、大丈夫!」



普賢との約束の時刻まであと十分。

病院で支給されている寝間着(水色の浴衣)を纏った向日葵は、病室内のベッドの上で正座していた。

ヴィンセントの確認の問いかけに、向日葵は大きく頷く。



「こっちも万端なり」



その横のベッドには、藍色の甚平を着た仁王が腰かけている。

基本、他者の夢の領域へ移動できるのは向日葵だけだが、

彼女を単独で行かせる事に仁王は大いに不安を覚えた。

そのため、彼は『自分も一緒に同行したい』というかなり難題な要求をしてきた。


だが、その難題を応えてくれる人物がいた。



「いいですか、絶対に約束を守ってくださいね」



その人物は…加奈だった。

通常ならば、夢見や夢渡りは適性のない人物には使用できない能力である。

だが、夢渡りのできる人物の力の一部を借りる事で同時に夢の領域へいける術が、

エクレシアにより開発されていた。


加奈がその術を扱える事が分かるや、仁王の必死のお願いに根負けする形で、

今回は特別に仁王、ヴィンセント、暁を普賢のいる夢の領域へ送る事となった。



「今回だけ、という事を忘れぬように」



言い出しっぺの本人は、ウサギ仮面から程よい説教(という名の精神的鉄槌)を

お見舞いされたのでいいとしておこう。


首を高速で縦に振っていたのだから、多分調子には乗らないはずだ…と思いたい。

…同情の眼差しを密かに送りながら、加奈は仁王を信じる事にした。



「それじゃあ、みなさん…」

「はい」「おん」「おぉ!」「うむ」

「「「「おやすみなさい」」」」



加奈が術式を展開させて合図を出したところで…向日葵達は瞼を閉じて眠りに落ちる。


―――目指すは、普賢が待つ夢の領域。





【つづく】

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