第2章【9】会談と遅めのランチは休憩室で
ダンに勧められ、向日葵達は休憩室のソファーに腰を下ろした。
「ま、そんなに固くならずに楽にしなさい」
「え、あ…はい…」
ウサギ仮面…もといリーシェの言葉に、向日葵は彼女の向かい側の席へ大人しく座る事にした。
倣うように彼女の隣へ仁王が腰を下ろし、ヴィンセントは、ソファーの肘掛部分にちょこんと乗る。
「そう緊張しなくてもいいですよ。
取って食べる訳じゃあるまいし…」
「は、はい…」
リーシェがウサギ仮面越しにフフフッと笑って言うものの、どこか不気味な雰囲気が漂っており、
信じていいのか…ちょっと不安になる。
向日葵は、ややぎこちない笑みを浮かべて返事してしまう。
「そういえば、自己紹介をしていなかったね」
その時、思い出したようにダンが口を開いた。
「改めて…加藤ダンと申します」
ダンは、愛読している漫画の原作では既に故人になっていた
回想と特殊な方法で現世に舞い戻った話でしか登場しない。
だが、向日葵は彼の事はきちんと覚えていた。
(綱手さんの愛していた人だ…)
ダンは、物語の登場人物の中で重要な立ち位置にいた「綱手」という女性の最愛の恋人だった。
彼女の理解者であり、誰よりも平和を求めて火影になる事を夢見ていた好青年であった。
「木之本向日葵と言います。
この度は助けてくださり、ありがとうございました」
「いや…こちらこそ同胞の騒動に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げるダンに、向日葵は彼の誠実な人となりを感じた。
綱手は、きっとこういう彼の内面を知っていく内に惹かれていったのだろう。
「そっちの人達から、大体の事情は聴きました。
それで、向日葵さん…」
「はい」
「気を失っている間、普賢さんと会ってたんですよね?
その時の事…詳しく訊かせてください。
都合で言えない部分がある場合は、無理して言わなくて構いません」
リーシェからの要望に、向日葵はこくりと頷くと口を開いた。
…普賢が、夢の領域で犯人を見つけだそうとしている事。
…その犯人は、警戒心が強くなかなか捕まらない事。
…向日葵も加わって、今夜の午前零時頃に犯人を特定するための作戦を決行する事。
向日葵が語った事に、ダンはハァ…と溜息を漏らす。
「賢さん…また一人で無茶して」
「…普賢さんって人、日頃からそういう事多いんですか?」
仁王が訝しそうに尋ねると、ダンは首を縦に振った。
「敵であろうと、まずは対話をして解決を目指す人なんだ」
『ふむ、争い事を好まない者か…エクレシアに多いタイプだな』
黙っていた暁が会話に参加してきた。
彼は、向日葵と仁王よりも長い年月を生きてきた。
ココとは異なる世界で、エクレシアに会った事があるのかもしれない。
「向日葵さん」
「あ、はい…」
リーシェが再び声をかけてきた。
仮面越しで表情は分からない…だが、こちらへ何かを言いたそうな空気だ。
嫌ではないが、逆らってはいけない。
…そういう威圧を感じてしまう。
さらに、彼女が身に着けている奇妙なウサギの絵柄の仮面により、形容しがたい不気味な雰囲気も
プラスされてしまい、上手く言葉が出てこない。
心なしか、隣にいる仁王の顔が青ざめているのは気のせいだろうか…?
ドキドキと相手の出方を見ていたその時…
「どうぞ」
「はい?」
「選んでください」
テーブルに置いてあった【ムーンライト・メニュー】と書かれているお品書きを開いて、
向日葵達の前へ移動させた。
「お腹空いてるでしょう?
話ばかりしてたら、時間取られるのでぱぱっと決めましょう」
「あ…ありがとうございます!」
そういえば、此処で昼ご飯を頂く事になっていた。
リーシェに言われるまで、うっかりその事を忘れていた。
「私は【唐揚げ定食】にします。ダンさんは?」
「そうだな…【麻婆丼】にしようか」
二人はすぐに食べたい品目を決めてしまった。
向日葵はお品書きへ目を落とした。
今月のスペシャルランチを始め、定番の料理から聞いた事がないモノまで、
ずらりと名称が記述されていた。
(迷っちゃうな…どれにしよう?)
「…じゃあ、俺は【カレーライス】で」
「うーん、甘いもん食べたいなぁー
…だから【ホットケーキ三段重ね】にするわ!」
『同じく【ホットケーキ】』
仁王とヴィンセント、暁もあっさりと選んだため、向日葵は内心焦ってしまう。
「えっと~…お、【オムライス】でお願いします」
「はい、全員決定したので早速電話。もしもし?」
リーシェが白衣のポケットからスマホを取り出して、それで店へ注文をする。
「はい、よろしくお願いします。…おっと」
注文し終えた直後に、テーブルに置いてあった二つのPHSが鳴り出した。
「はい、クローチェです。…んー、生食注を投与して。
食後に変化があるようなら、また連絡してくださいな」
「加藤です。発疹が出ているのか…例の新しい軟膏を塗って様子を見るように」
リーシェとダンは、電話越しで相手(彼等の態度から、看護師か見習いの医師だと思われる)に
指示を出していく。
立て続けに電話が鳴っても、慌てる事無く平静に事を進めていく彼等に、
向日葵はうわぁ…と感嘆の声を漏らした。
「…ドラマの中にいるみたい」
「聞いた事のない単語ばかりじゃ」
「医療系のドラマ、あんま見とらんからちんぷんかんぷんや」
ごく当たり前に彼等の口から飛び交う専門用語は、中学生である向日葵と仁王には
意味が分からないため、疑問符がいくつも浮上している。
ヴィンセントもその分野の知識は得意ではないので、腕を組んで首を傾げている。
「あっ、こちらは気にせずにそこのテレビでも見ててください」
リーシェが、ピッとリモコンを操作してテレビの電源を入れる。
彼女の気遣いに、向日葵は会釈しつつ視線を画面へ向けた。
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