第2章【7】眠り人との再会と一致協力


「向日葵ちゃん、協力をしてもらうにあたりお願いがあるんだけど…」



犯人特定のための作戦を練る事になった。

その際に、普賢が向日葵にある話をした。



「まず、一通り話をしたら、一度現実に戻ってほしいんだ」

「なんでですか?」


「さっきも言ったけど、犯人はとても警戒心が強い人だから。

僕と向日葵ちゃんが一緒にいたら、返って出てこなくなる可能性が高い」


「つまり…その犯人がこの領域に出てくるまで、私は待機するという事ですね」



犯人の性格を考えて、再びこの領域に入り込む時は、慎重に見つからないようにしなくてはならない。

普賢の言わんとしている事を、向日葵はなんとなく察した。



「うん、そんな感じかな。次に、向日葵ちゃん…

なんでもいいから、仮の名前を用意しておいて」


「仮の名前…ですか?」



向日葵は不思議そうに首を傾げる。

何故、本名とは別に名前を考えなくてはいけないのだろう?



「夢の領域を、インターネットの仮想空間と置き換えてみて。

仮想空間では、見ず知らずの誰かと話をする際もハンドルネームを使用するでしょう?」


「あっ…」


「本名…つまり真名を伝える事は、君自身の生まれてから現在に至る全ての情報を明るみするのと同じ事。

下手に喋ったら、君や君の家族に危険が及んでしまう」



向日葵はごくりと唾を飲み込む。

思い出せば、この領域に辿り着いてから自分の名前を普通に口にしていた。

もしも、此処以外の夢の領域でそうしていたらと思うと…ブルッと背筋が寒くなった。



「考えておいてね」

「は、はい…!」


「じゃあ…今から本格的な作戦を練ろう」



それから、向日葵は時間をかけて普賢とこれからの予定

…もとい、『犯人特定&捕獲作戦』を話し合った。


どのくらい時間が経過しただろうか…?

話がまとまり、普賢が視線を水の膜へ移すと微かに目を見張った。



「向日葵ちゃん、そろそろ戻った方がいい」

「えっ?」


「…現実の方が騒がしくなってる。

ドラえもんや親しい人達を安心させてあげて」



その言葉を聞くや、向日葵は「はい!」と大きく頷く。



「じゃあ、瞼を閉じて…」



普賢の言われるままに、目を瞑る。

普賢は、瞳を閉じた向日葵の額に手を翳すと聞いた事のない言語で呪文を唱える。

向日葵の周りから淡い光の粒子が発生し、徐々に身体が透明になっていく。



「次にここに来る時刻は、丁度明日になる時間帯…深夜零時で」

「…分かりました。必ず戻ってきます」



向日葵はそう返事をすると、領域から姿を消した。



「時が来るまで、ゆっくりと身体を休めてね…向日葵ちゃん」



水の膜からの映像を眺めながら、普賢は一時退出(ログアウト)した少女へ労いの言葉をかけた。

この時点での現実における時刻は、午前十一時二十分。

…作戦実行まで、あと約十二時間。





【眠り人との再会と一致協力】





「「「向日葵(ちゃん)!」」」



パチッと目を開けると、視界に仁王達の顔が映った。



「みんな…あのね、きゃっ!」

「向日葵ッ…!」



向日葵が声を出すや、真っ先に仁王が抱きしめてきた。



「よかった…突然、倒れたから」

「気分はどーなんや?」



ドラえもんとヴィンセントも心配そうに具合を尋ねてきた。



「うん…大丈夫。心配かけてごめんね」



首に顔を埋めている仁王の背中を優しく擦りながら、向日葵は苦笑いして答える。

同時に、ある変化に気付いた。

倒れる直前まで甘い桃の匂いが漂う果樹園にいたはずなのに、全く‟別の場所”に移動している事に…。



「ここって…」


「病院。…ほら、昨日説明したでしょう?

僕が作ったボランティア団体の事務所から少し離れた場所だよ」



ドラえもんの言葉に、向日葵は目が点になる。



「…それって…」


『向日葵が倒れてから時間が多少経過した頃、我々も【ある人物】の助けを借りて、

あの結界から離脱したのだ』



状況を読み込めていないと思ったのか、暁が丁寧に解説してきた。



『あのまま結界内にいるのはリスクが高かった。

そこから安全圏内へ移り、お前と普賢殿の治療をする必要があった』



向日葵は、自分が病院のベッドに横になっていたのだと認識した。

他にもベッドがいくつか設置されている…大部屋の一つなのだと分かった。

そして、隣のベッドには…



「普賢さん…!」



未だに夢の領域にとどまっている、眠り人の肉体が置かれていた。

服装が寝巻用の浴衣へ着替えさせられており、身体を温めるように布団がかけられている。



「ご安心を。肉体の方は何の損傷もなく、健康ですから」



その時、聞き慣れない誰かの声がした。

周りの状況と普賢の状態を説明する声に戸惑う向日葵。



  ベシッ!



その直後、向日葵の抱きしめていた仁王の頭に何かが直撃した。



「雅治先輩!?」

「いってぇ~…」

「いい加減、その子から離れなさい。問診できんだろうが」



鬱陶しい気持ちを声に乗せて、一人の女性が仁王を向日葵から引き離した。

はい、こいつをよろしくねとドラえもんに仁王を任せると、その女性は向日葵と向き合う。


その人は…奇妙なウサギの仮面を被り、白衣を纏っていた。

女医であるのは一目瞭然だが、何よりその独特な雰囲気に、向日葵はたじろいでしまう。



「どーも、木之本向日葵さん…

…私の名前はリーシェ・シフォン・クローチェ。

貴女の担当医です、よろしくねー」


「…は、はじめまして…」



飄々とした感じで挨拶され、向日葵はどぎまぎしながらも挨拶を返す。

向日葵にとって…これが‟五人目のエクレシア”との邂逅になる事。


さらに、此処が生まれ故郷から離れた【異世界】である事。

それを彼女が認識するのは…問診が終わった後の話。





【つづく】

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