第1章【6】幕引き


「私の名は…イスナーン」



男性は自らの名前を素直に言った。



「イスナーンさん…ですね。どちらの世界からいらっしゃったのですか?」


「正式な名称は分かりかねる…

ただ、『ココからはるか南方面に位置する世界』とだけ言っておこう」



ゼクシオンが、イスナーンの供述をコートのポケットから取り出した手帳に書き記していく。

彼の言う事が真実か否かを確かめるためだろう。



「では…イスナーンさん。貴方がエクレシアを探している理由は何ですか?」

「………」



リエが問いかけた三つ目の質問は、この場にいる面々が一番聞きたいものだ。

しかし、イスナーンはその問いかけに対し、目を伏せて沈黙してしまう。



「言いたくないのであれば、ムリに言わなくて構いません。

ただ…お願いがあります」


「…おねがい…?」


「あなた方が、エクレシアを狙う理由はなんであれ、関係のない一般市民を…

子ども達を巻き込まないでください。

私達の所為で、何の罪もない方々を傷つけ、不幸にしたくありませんから」



リエが悲しそうに、批判を含めた懇願を申し出た。



「特別な要件があるなら…直接、私に仰ってください。

‟相談”なら時間がある時にお聞きできると思います」


「ちょっと、リエ! あんた、敵にわざわざ相談窓口つくるって正気な訳!?」


「僕も反対です。貴女のそういう御人好しな性格に付け込んで、無理難題を言われたら元も子もありません」



リエがさりげなく口にした提案に、ラクシーヌとゼクシオンが待ったをかける。

二人の反対は尤もだ。

そこまで、イスナーンへ情けをかけなくてもいい気がする…と仁王は思った。



「…すごい」



一連のやり取りを見ていた向日葵がポツリと呟いた。

恋人の呟きを耳にした仁王が、その意味を聞き返そうとした時…



「…君…いや貴女は…『あの人』に似ている」



イスナーンが再び口を開き、意味深げな発言をした。



「お知り合いの方に、ですか?」


「…ああ、とてもよく似ているよ。

我々【アル・サーメン】の者達の心の支えであったあの御方に…」



イスナーンは切なそうに、リエを見つめる。



「10数年前にも、貴女と同じエクレシアが我らの世界にいた。

その人もまた…彼女の面形があった」


「貴方と…組織の方々は、その女性の事をとても大事に思っているんですね…今でも」



あのイスナーンと言う男性は複雑な事情を抱えているようだ。



(この人は好きだったんだ…その女の人の事を…)



彼が、リエを通してみている別の人物。

その女性もまたエクレシアだったのだろうか…?

向日葵が思考の波にさらわれる直前、ある異変がイスナーンの身体を襲った。



「!?…身体が透けてる…」

『ふむ、あの者…世界移動の手段が限定されているようだ』


「どういう意味じゃ?」


『あの者は、元いた世界からこの世界へ降り立つために、何かしらの制約が課せられているのだろう。

世界を移動する事は本来、非常に高度かつ至難な行為だ。

特定の例外を除けば、それこそ膨大な魔力や生命エネルギーを対価にしないといけない』



暁の説明を聞き、向日葵と仁王はまさか…とイスナーンを凝視する。



「…フッ…そろそろ時間だ」

「お帰りになられるんですね」


「…本当なら、貴女を我らが組織へ連れていきたいが…

そこの者達を退けるには私の力と準備が足りない」



イスナーンの目線の先には、リエの隣で仁王立ちして牽制の眼差しを送るラクシーヌと、

一歩後ろに終始観察しているゼクシオンがいる。

リエのバックにある組織の存在を見抜き、単独では敵わないと判断したのだ。



「……また会いたいな…貴女と」

「そうですね…叶いましたら、お話の続きを聞かせてください」



楽しみにしています、とリエは微笑んでそう答えた。

イスナーンは、彼女のその表情にどこか満足げに口元を緩め、消えてしまった。



「…ハァ、ったく…あんたってホントに甘ちゃんな性格なんだから」



ラクシーヌが溜息を漏らして、リエに呆れた視線を向ける。



「まーた、あんたを狙う輩が増えちゃったじゃない。

どーすんのよ! 私達の負担が増えたでしょーが」



ラクシーヌは文句を言いながら、リエの頬を人差し指でぷにぷにと突く。



「すみません…でも」



頬を突かれながら、リエはこう返した。



「イスナーンさんは、もうこの世界の人達に危害を加えませんよ」

「……それは“本当に”?」



ゼクシオンが念押しするように問いかける。



「ええ、【幽玄なる祈り人】の名にかけて保証いたします」



リエは力強く頷いた。

なるほど…とゼクシオンは納得した様子で、その件に関してはコレ以上追及せず、

代わりに視線を向日葵達の方へ移した。



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