第1章【4】エンカウント・エネミー


小さい頃、御伽噺の世界に憧れを抱く少女はどのくらいいるだろう?


私が好きな御伽噺は、白雪姫やシンデレラ、眠れる森の美女、人魚姫。

夜眠る前に、お母さんが読んでくれるその物語は、幼い私を不思議な世界へ誘ってくれた。


御伽噺も好きだけど…私は、お母さんが創作した物語も大好きだった。

時々、お父さんやお兄ちゃんもいっしょになって、お母さんが語るオリジナルのお話に耳を傾けていた。



《むかしむかし、ある世界に神様がいました。

神様の心は悲しみで包まれていました。

なぜなら、地上に住むたくさんの民が争い、そのたびに多くの命が消えていくからです。


神様は思いました。

この争いをなくすためにはたくさんの民をまとめられる王様が必要だと。

神様は、その世界に住むある民に魔法の力を授けました。


その民とは『人間』です。

たくさんの民の中でも、力の弱い人間は人を思いやり、助け合う心をもっていました。

『どうか、争いの絶えないこの世界を救ってほしい』という願いを込めて…人間を魔法使いにしたのです。


同時に、神様は自らの力を分け与えた生命を生み出しました。

『多くの民を愛し、慈しみ、迷える者達の心の支えになってほしい』という希望を込めて…

心優しい天使が誕生しました》




その中でも、私のお気に入りはある天使が冒険する物語だった。

冒頭の部分は今でも一言一句覚えている。

思い出すたびに、お母さんはモデルだけでなくて小説家にもなれたんじゃないかなって思う。


…そういえば、そのお話はどんな終わり方をしていたかな?

お母さんが亡くなる前に、最後の部分を話していたような…記憶が曖昧だ。

私だけでなくて、お父さんにも話していた気がするけれど…どうなんだろう?



*** ***** ***



「…さん、木之本さん」

「あ、はい!」

「大丈夫ですか? 次の35頁の最初から和訳してくださいね」



いけない…危うく思考の波にさらわれてしまうところだった。

向日葵は、慌てて英語の教科書の指定された頁を開いて答えていく。


英語の授業が終わり、放課後になった。

昨日、コゼットからもらった御礼をテニス部の部室でレギュラーと共に食べる事にした。



「このクッキー、うまいっスね!」

「デパ地下にあるスイーツ専門店で買ったのかな、これ?」

「だとしたら、これけっこーな値段じゃないか…ってお前ら、とりすぎだろ!」



御礼は、三日月の上に可愛らしい猫が座っているイラストが描かれた大きな金属の箱に入った

クッキーアソートだ。


優しい触感のシンプルなバターテイスト。

茶葉をまぜた香りのいい紅茶味。

二層の生地にチョコをサンドして、さらに別のチョコでコーティングしたものや、

細かなアーモンドを混ぜたもの。何層も折り重ねたリーフパイなど…合計10種類もある。



あまりの美味しさに二枚三枚を一気にほうばる切原と丸井を、ジャッカルがツッコむ。



「見た目も味も申し分ない」

「どこか懐かしい味がしますね」

「…素晴らしい頂き物だ」



柳、柳生、真田も味を絶賛している。



「このクッキーもええけど、昨日の苺タルトもうまかったでぇ。なぁ、向日葵」

「もう一つ、御礼を頂いたんです。家族と食べました」


「いーなー。俺もタルト食べたーい!」

「お前は食いすぎじゃ。ほれ、向日葵はもっと食べんしゃい」



羨ましがる切原を仁王が窘めると、向日葵の前にクッキーの箱を移動させる。

さりげない仁王の優しさに、向日葵は口元を綻ばせる。



「モグモグ…それにしても幸村、遅いな」



丸井がチョコのクッキーを味わいながら、部室にある時計を見つめる。

いつもは、自分達よりも先に来ているはずなのに、今日は15分以上も遅れている。



「弦一郎、何か聞いているか?」

「いや…遅くなるなら事前に連絡があるのだが」



柳が真田に尋ねるが、真田は被りを振る。

どうしたのか…と周囲に不安がよぎる中、キィ…と扉が開いた。



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