第3章【14】太公望への依頼と、兎とシズクの作戦決行
「よろしければ、こちらをどうぞ」
すっ…とテーブルの上に紅茶が置かれた。
親切に温かい飲み物を差し出してくれたのは…
「オーナーさん…!」
「お久しぶりですね」
店長のハルだった。
屋敷の主の登場に、常連になりつつある小鈴は「なっ…!」と心底驚いた表情となった。
いつの間にか戻っていたハルに気付き、太公望は会話を中断した。
「ようやく帰ってきたか」
「お待たせいたしました。そちらが望さんの親友の方ですね?」
「お初にお目にかかります」
普賢が挨拶をすると、太公望が「よしっ」と呟くや立ち上がる。
「すまんが、ハルよ。【ヴァステルカラオム】を使用する許可をくれ」
「ヴァス…てか?」
聞き慣れない単語に、向日葵の頭に疑問符が浮かび上がる。
すると、普賢は「ああ、そういう事か」と合点がいったように頷いた。
「なるほど…隠し部屋だね」
「この店の古参レベルしか使用できん特別な部屋だ。
話の場を移すぞ」
太公望曰く、店の二階には隠し通路がある。
長い隠し通路を通った先に【ヴァステルカラオム】…秘密の部屋があるとの事。
そこは、ハルが認めた古参の常連客しか使えない、いわばVIPルームに相当するところだ。
「合間の差し入れは必要ですか?」
ハルが慣れた感じで尋ねると、太公望は「うむ」と大きく頷いた。
「部屋にある電話を鳴らすから適当なもんを作ってくれ。
ちなみに、今一番食べたいのは【梅茶漬け】じゃ」
シークレットルームに行く前に、小腹が空いたのか、太公望は事前に食べたい物をリクエストした。
「了解。普賢さんは如何いたしますか?」
「同じメニューでお願いします」
普賢も同様に頼むと、向日葵達に目を移した。
「望ちゃんを説得するために、僕はこのまま此処に残ります。
君達はどうする?
この時間帯だと、終電は過ぎちゃったから…僕の結界内に戻る?」
「そうですね…」
「お言葉に甘えて、お願いいたします」
「ほな、頼むわ」
「なんじゃ、そんな事せんでも店に泊まればいいではないか」
「ふぇ?」
「はぁ?」
太公望の提案に、向日葵と小鈴は意表を突かれて思わず間抜けな声を出してしまう。
「でも、予約しないといけないんじゃ…」
「この店は当日予約でもまったく問題ない。
ハル、部屋の方は空いとるか?」
「大丈夫ですよ」
ハルは笑ってあっさりと了承してくれた。
「なら、君達の料金は僕が払うね」
「ええっ! そこまでしなくても…」
「遠慮しないでいいよ。
今回の一件に巻き込んでしまって、さらに手伝いもしてもらう事になるからね。
【アルバイト料】だと思ってください」
料金負担してもらえるのは有難いが…なんだか申し訳ない。
「何から何までありがとうございます」
「いやぁ~、普賢の兄ちゃんは太っ腹やな!」
恐縮している向日葵とは対照的に、小鈴は礼儀正しく感謝の言葉を言った。
ヴィンセントに至っては上機嫌に鼻歌を唄いながら、既に泊まる気満々だ。
「それでは、お客様。当店の宿泊施設における説明をいたしますね」
そうこうしている間に、ハルと普賢が話を進めていき、あっという間に予約が完了した。
(すぐに戻って来れるなんて…思わなかったなぁ)
ハルに案内されて、向日葵達は再び三階に行く事となった。
(あれっ? 変な感じがしない)
仕掛けられているはずの複合的な魔法の力が、すっかり消えていた。
でも、これなら【クロウカード】を見つけ出せるかもしれない。
「今回は諦めた方がいいですよ」
淡い期待を抱いていた向日葵の耳に、その助言は届いた。
はっと前方にいるハルに目を向けると、彼はほんのりと笑みを浮かべていた。
「…どういう意味ですか?」
小鈴が眉を顰めて、彼の真意を尋ねる。
あからさまに警戒している小鈴の様子に平静な態度を崩す事無く、ハルはこう答えた。
「貴女達が探しているモノは、もう貴女達の【目的】に気付いている。
あの子は警戒心が強い上に、かくれんぼが得意なんだ。
だから…今の段階で探索しても、貴女達があの子を見つけられる確率は低い」
「オーナーさん、まさか…」
「【クロウカード】を求めるなら、また日を改めてにしてくださいね」
ハルはやはり【クロウカード】の事を知っていた。
そして、こちらが探している事さえも…。
「李さんはあちらの部屋、木之本さんはこちらの部屋となります」
やや緊張した空気が流れる中、ハルは向日葵達が利用する部屋の説明をしていく。
小鈴は【301号室】、向日葵は彼女の隣の【302号室】を使う事となった。
それから、宿泊中に利用できる場所や注意事項を言い終えると、ハルは一階へ戻っていった。
「…行っちゃったね」
「そうだな」
「李さん…これからどうする?」
「明日に備えて英気を養いたい。すまないが、今日は休ませてくれ」
小鈴は眉を寄せたままそう告げると、指定された部屋の扉を閉めた。
向日葵ははぁ…と軽く息を吐くと、横に浮いているヴィンセントに目を向ける。
「ヴィンちゃん…私達も休もう」
「そやな」
そうして、向日葵とヴィンセントも部屋の中へ入った。
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