第3章【14】太公望への依頼と、兎とシズクの作戦決行
階段を一気に降りて行った向日葵は、二階に設置されている長椅子に座り込んだ。
「はぁー…ビックリした」
まさか、宿泊客と遭遇するとは思わなかった。
幸いだったのは、宿泊客のあの青年が良心的なタイプであった事。
親切に、三階における規則やアドバイスも教えてくれた。
ふと、共に逃げてきたヴィンセントに視線を向けると…彼の顔色がすぐれない。
「ヴィンちゃん、大丈夫?」
そういえば、あの青年はヴィンセントを見ても驚いた様子がなかった。
その事と関係しているのか、と向日葵はヴィンセントに声をかけると…
「ほんま…なんなんや、この店」
「ヴィンちゃん?」
「いやいやいや…アレはやばいやろ」
ヴィンセントがいつになく混乱している。
あたかも、初期レベルのゲームの主人公が序盤のフィールドで
圧倒的に敵わないレベルの敵に遭遇してしまった。
…そんな心情を顔に露わにしている。
「お前達もあそこに行ったのか」
「あっ…李さん」
いつの間にか、小鈴が傍にいた。
ヴィンセントの事が心配でハラハラしていたため、気配に気付けなかった。
「守護者のその様子…あの男に会ったようだな」
小鈴が、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
…彼女もまた様子がおかしい。
向日葵はおろおろと双方に視線を向ける。
「向日葵…さっきの男を見て、何も感じんかったか?」
「あのお客様の事…?」
ヴィンセントの質問に、向日葵はうーんと顎に手を当てて考える。
「…寂しい雰囲気の人だったね」
親切だったが、どこか影のある人だった。
上手く言えないが…何か重たい事情を抱えていて、本人はそれを拒む事を諦めて受け入れている。
そういう目に見えない背景を想像してしまった。
「なるほど。お前には、あの男に施されているモノがそういう風に見えたのか」
小鈴が神妙な面持ちで、向日葵と視線を合わせる。
どういう事なのか…と困惑したように尋ねると、ヴィンセントが口を開いた。
「あの男な、呪いがかけられとったんや」
「の、のろい…!?」
物騒な単語が出てきた事に、向日葵はギョッとする。
「生死に関わる呪いだ。
下手に近づくと…他人にも影響を及ぼすかもしれない、それだけ強烈なものだった」
小鈴が顔を歪めて、関連した呪いの恐ろしさを語る。
話を聞いて、向日葵の背筋に悪寒が走るが…ふと別の事が気になった。
「あの~…李さんが三階に行ったのは、クロウカードがいたからだよね?」
「ああ、絶好の機会だと思って追跡したが…途中で諦めざる負えなかった」
三階には、特殊な術が組み込まれている事。
そして、例の青年がいた事…向日葵達とほぼ同じ理由であった。
「でも、あのお兄さん…悪い人には見えなかったよ?」
「まぁ…あっちはワイらに注意しただけやからな」
呪いに関する知識がある分、ヴィンセントと小鈴はあの青年に対する警戒の念が強くなったのだろう。
青年がこちらに危害を加えていないにしろ、積極的に関わりたくないに違いない。
「おぬしら、そこにおったか」
不意に聞こえてきた声に、向日葵達ははっとその方へ目を向ける。
一階と二階を繋ぐ階段の途中に、太公望が眉を顰めて立っていた。
「太公望さん…」
「何故、こちらに…」
「なかなか戻ってこぬから、探しに来たんだが…というか、用事は終わったのか?」
「す、すみません!」
「失礼しました」
「すっかり忘れとった…」
「おいこら、そこの黒いの…聞き捨てならん事を言うたな?
もう食事が運ばれてきとるから、さっさと戻ってこぬか。
さもなければ、おぬしの分…儂が代わりに食べるぞ?」
脅しを含んだ言葉に、ヴィンセントは慌てた様子で「あかーん!」と言いながら
【食事処】へぴゅーと飛んでいった。
これはまずい…と向日葵と小鈴も急いで階段を降りていく。
「あ~、そうそう。一応言うておこうか」
前方を進んでいた太公望が振り返って、その話題を口にした。
「上にいるあやつの事だ」
太公望の言葉に、向日葵は目を瞬きさせる。
三階に行った事と、あの青年の面識を持った事を彼は見抜いていた。
「…お知り合いですか?」
「儂よりも古参の常連じゃ。何度も顔を合わせとるからな」
小鈴の問いかけに、太公望は面倒くさそうに答える。
「あやつ…ゼレフはこっちがちょっかいを出さなければ、無害な奴だから警戒せんでいい」
あの青年は『ゼレフ』という名前らしい。
太公望の口振りだと、彼とはそこそこ付き合いがあるみたいだ。
「難儀な呪いをかけられとるが、装飾品で制御しとるから安心せい」
少なくとも、店内では100%呪いは発動しない…と太公望は告げた。
「危険はない」とはっきりと断言された事に、小鈴は驚きを隠せないようだ。
「あんなに強力な呪いを弾くだなんて…」
「そんな事よりも飯じゃ、飯! 早くせんと冷めてしまうぞ」
「はい、この話は終了!」と言わんばかりに、太公望は早歩きで移動していく。
訊きたい事はまだあるが、話してくれる様子ではなさそうだ。
とりあえず、食事を済ませよう…と向日葵と小鈴は歩を進めた。
・
