第3章【8】急展開な誘いと、予想外のエンカウント


「本当に此処に来るのか…?」

「うん。メールにも書かれてあるし、事前に本人にも確認を取ったから大丈夫」



時刻は午後四時十二分。

向日葵は小鈴と共に、ある場所へ足を踏み入れていた。


そこは…お馴染みのペンギン公園であった。

ペンギン大王の近くまで来た時、携帯の着信が鳴り出し、向日葵はすぐに通話ボタンを押す。



「もしもし」

『向日葵ちゃん、もう着いたかい?』


「はい、ペンギン大王のところにいます」

『そう…なら、上を見てくれる?』


「えっ…あっ!」

「やぁ、こんにちは」



指示された通りに、ペンギン大王を見ると…

先程まで、誰もいなかったはずの滑り台の上に、普賢が携帯を耳に当てて立っていた!



「普賢さん、いつの間に来たんですか!?」

「ふふ、内緒」



驚く向日葵に、普賢は微笑して口元に人差し指で添える。



(…分からなかった。一体どうやって来たんだ…?)



まるで空気に溶け込んでいて、突然の粉雪のように出現した普賢に、小鈴も動揺している。



「エクレシアは気配消しが達者やと聞いとったけど、さすがやわぁ~」



唯一、ヴィンセントだけはエクレシアの特質を知っていた事から「すごい」と感心していた。



「君が李 小鈴さんだね?

はじめまして。普賢真人と言います」


「こちらこそ…お初にお目にかかります」



お互いに挨拶をする普賢と小鈴。

今更だが、小鈴は目上の人に対しては礼儀正しい口調になるようだ。

挨拶を済ませると、さて…と普賢が真顔になると向日葵達にこう告げた。



「来て早々申し訳ありませんが、場所を移動しましょう」

「…どうしてですか?」

「ちょっとごめんね」



普賢はにっこり笑うと、両の手を軽くパァンと叩いた。



「えっ…」

「なっ!」



すると、向日葵と小鈴の足元に大きな穴が空いて、二人はそこに吸い込まれるように落ちていった。



「キャアアア!」

「な、なんだこれは…!?」


「後から僕も行くから、着いた先で待っててねー」



穴の出発点から、普賢が大きな声で指示をしてきた。

何故、普賢がこういう急かすような行動に出たのか…?

真意は不明だが、彼が自分達をどこかへ避難させようとしている事だけは分かった。



「分かりましたァアアアア!」



向日葵も叫ぶように返事をする。

穴は滑り台のような仕組みで、向日葵と小鈴を下の層へと誘われていった。



「随分とけったいな術やな」



二人が降りていくのを見届けると、普賢は顔を上げる。

ヴィンセントだけは宙に浮いたまま、まだ地上に残っていた。



「僕がこういう事をした理由、訊きたいですか?」



普賢が尋ねると、ヴィンセントは首を左右に振った。

おや…と意外そうに小首を傾げる普賢に、ヴィンセントは腕を組んでこう返した。



「まだ短い付き合いやけど、あんたが向日葵と小娘を傷つけるイヤな奴やないって事は分かっとるさかい」



フッと得意げな笑みを浮かべるヴィンセント。

なるほど、彼はこちらの意図を理解してくれたようだ。

満足そうに頷く普賢に、ヴィンセントは眉を顰めて問いかける。



「それで…兄ちゃんがこないな事したんは、こっちに来る気配が関係しとるんか?」

「うん、正解」



普賢が回答を口にした直後、ザッと地面の砂を擦る音が聞こえた。

入口付近へ視線を移したヴィンセントは、顔を強張らせる。


あたかも突発的な強風が起きたかのように、その人物はやってきた。

ファー付きのジャケットを身に纏い、額に逆十字の刺青がある青年。

直に会うのは初めてだが…

彼の放つオーラは、あの貸本屋で感知したものだと改めて実感した。



「久しぶりだな、普賢真人」



青年が気さくに話しかけるや、普賢は満面の笑みで返事をした。



「こちらこそ、クロロ=ルシルフルさん」





【急展開な誘いと、予想外のエンカウント】





「あっ、光が…!」

「この先が…終着点のようだな」



ゴール地点がようやく見えてきた。

その事にホッとした…次の瞬間、向日葵と小鈴は穴からぽーんと勢いよく飛び出した。



「ほ、ほぇええええ――――!…目がまわ…るぅううう~!!」

「捕まれ!」



回りながら宙を舞う向日葵に、小鈴が手を伸ばした。

向日葵がなんとか彼女の手を掴んだその時、二人は何かと接触した。



「あれ、痛くない…?」

「これは…」



小鈴が手でそれを触ると、しっとりした柔らかな感触がした。

色的に苔のようなものがクッションになっており、向日葵達を受け止めていた。



「此処は…どこなんだ?」



小鈴が訝し気に見回している。

向日葵も周りを見ようと顔を上げるや、「あっ!」と声を上げた。



「この場所、前に来た事ある……普賢さんの固有結界だ」

「なるほど、此処はエクレシアが形成する結界の中なのか」



小鈴は納得したように、その苔のクッションから立ち上がり、地面に足を置く。

向日葵も同様にそこから離れようとした時、視界全体に壮大な湖が映った。



「綺麗…」

「とても清らかな水だ。すごい…純度の高い魔力が濃縮されているぞ」



右手で魔力が漂う水を掬い、驚きを露わにする小鈴に、向日葵は湖の奥を眺めながら言った。



「普賢さんの力が含まれているんだよ。

うわぁ、お魚までいる…気持ちよさそう」



水着があれば、この湖で泳いでみたいものだ。

そんな事を考えていると、ポチャッと近くの水面が揺れた。


…誰かがいる?

向日葵はその方向に目を向け、小鈴は身構える。



―――ザバッ!



すると、水音を立てて湖の中から人が現れた。

長い黒髪に、可愛らしい顔立ちをした高校生か大学生ぐらいの年齢の女の子だ。

胸や腰回りを白い布で覆って、水着に仕立てている。



「えと…誰ですか?」



女の子は濡れた髪を指先で避けながら、見覚えのない少女達を目にするや、

不思議そうに問いかけてきた。


向日葵が喋ろうとしたその時、彼女の身体のある部分に目が止まった。



「そのイレズミ…」



左側腹部に『8』の数字が描かれた蜘蛛の刺青が彫られている。

ハッとその女の子の顔に既視感を覚える。


髪の長さと眼鏡をかけていない相違点があるが…

【あの人物】であると向日葵は察した。



「アナタが……シズク、さん」



そう、目の前にいる女の子は【幻影旅団】の一員…『シズク』

向日葵と小鈴にとって、遭遇したらやばい要注意人物の一人であった。





【つづく】

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