第3章【5】幻影旅団の目的と、エクレシアとの因縁
《ゼクシオン様、失礼いたします》
その時、一体のダスクが忍のように素早く出現した。
突然現れたダスクに、向日葵達はビクッとなる。
恐ろしい話を聞いていた直後だから、心拍数が余計に上がってしまった。
「なんですか?」
ゼクシオンは慣れたように、ダスクからの報告に耳を傾ける。
ダスクが小声で喋っているため、どんな内容を話しているのかは聞き取れない。
「…それは、間違いありませんか?」
すると、ゼクシオンが微かに目を見開いて聞き返した。
ダスクが小さく頷くと、ゼクシオンは向日葵達に視線を戻した。
「蜘蛛が動きました」
「「「「「!?」」」」」
ゼクシオンのその一言が、その場にいた全員に動揺を与える。
「昨日、河原で蜘蛛の団員と身元不明の男性が交戦しました。
幸いにも途中で男性の方が撤退した事で、一般人への被害はなかったそうです」
「ガチでバトルしてたのか!」
「…というか、団員相手と戦った人の方が気になる!」
説明を聞いた切原と丸井が正直に意見を口にする中、ゼクシオンがさらに言葉を続けた。
「実は…その現場に、立海大中等部の学生がいたようです」
「誰なんですか!?」
同じ学校の生徒が巻き込まれた事に、向日葵は思わず立ち上がって声をあげてしまう。
「その学生は『李 小鈴』さん…あなた方の同級生です」
ゼクシオンが告げた名前に、向日葵は時が止まったような感覚に陥った。
「そ…そんな……」
口を両手で抑えて、ふらつきそうになる彼女を仁王が支える。
すると、切原が血相を変えてゼクシオンに向かって叫んだ。
「李は…彼女はどうなったんですか!!?」
いつになく感情を露わにしている切原に、丸井とジャッカルはギョッとする。
「安心してください。李 小鈴さんは怪我ひとつなく無事です」
ゼクシオンが宥めるように告げた事に、向日葵は目頭が熱くなる。
「よ…よかった…李さん…生きてて…」
「うん…そうじゃな。俺もそう思った」
仁王はぽろぽろと涙を零す向日葵を抱擁して、背中をぽんぽんと軽く叩く。
切原も安堵したのか、緊張の糸が切れたかのようにソファーにどさっと腰かけた。
「赤也、大丈夫か?」
「あっ…はい、すみません。
ちょっと…自分でも…思ってた以上にビックリして…」
「そっか…うん、そりゃ驚くよな」
途切れ途切れに心境を語る切原に、丸井は気遣うように応対していく。
「小娘…蜘蛛に絡まれとったんか?」
ヴィンセントがもしや…と仮説を口に出すと、ゼクシオンは「はい」と肯定する。
「そのようです。しかし、妙な事に先程言った身元不明の男性と、
もう一人…女性に助けられたとの事です」
「…謎の男女、か」
ゼクシオンとヴィンセントの会話が聞こえてくるが…
今の向日葵は、その内容を深く考える事ができなかった。
次から次へと舞い込んでくるとんでもない情報や、それに加わるように
身近な人物が事件に巻き込まれてしまったという仰天ニュース。
それらの所為で、心がかき乱されていたからだ。
(……李さん)
小鈴の姿が頭に浮かぶ。
…彼女と会わなければならない。
未だに心が混乱している中、ある種の使命感に似た思いが…向日葵の胸に芽生えつつあった。
【幻影旅団の目的と、エクレシアとの因縁】
―――カラン、カラーン
…同日の夜の九時半。
とっくに終業時刻を過ぎた貸本屋【双月文庫】の扉の呼び鈴が響き渡り、
何者かが入ってきた事を主に知らせる。
「いらっしゃいませ」
ハルは不信に思う事無く、いつも通り顧客が来た時のようににこやかに挨拶をする。
『…突然の来訪でも、動じないのだな』
「当店では、そういった方も度々訪れになりますので問題ございません」
来訪者は…炎を纏う狼だった。
もしも、営業時間内だったら…古参客ならまだしも他の顧客は騒いでいたに違いない。
その辺を考慮して、誰もいない時間外を選んでくれた狼の気遣いに、ハルは内心有難いと思った。
『そうかしこまった口調でなくていい。
我に関する記憶がないのであれば、致し方あるまいが』
「いいや、覚えているよ」
返ってきた答えに、その狼…暁はフッと口元を緩める。
ハルは歩を進めて、暁の傍まで近づくと腰を屈めて彼と目を合わせる。
『久しいな、【ヴァイスハルト】』
「こちらこそ、炎の主殿」
双方とも表情を和らげて、気安い口調で語り合う。
随分と長い時を経た再会に、一人と一匹は喜びを表に出している。
その日の店内は、普段とは異なる夜の時間を迎えようとしていた。
【つづく】
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