【4】転生少女は、お出かけする(後半)
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「ところで、誠仁」
「なんでしょう?」
「お前…本宮家当主の末娘の事、まだ諦めていないのか?」
言われた事に、誠仁は顔を赤面させてバッと振り返る。
何故、今その話題に触れるんだ…!
誠仁の分かりやすい反応に、直毘人はニヤニヤと笑いを浮かべている。
「図星とみた…14年も惚れた女のケツを追いかけているとは、一途だねぇ」
「…嫌味ですか?
家の利となる縁談を悉く断り、初恋の女への想いに囚われている憐れな男だと…」
「いいや、褒めてるんだよ。
家の女共は、禪院家らしからぬ、お前のそういうところが好ましいと思っている」
俺も嫌いじゃないぞ…と告げると、直毘人はぐいっと盃の酒を飲み干す。
何が言いたいんだ、この人は…
胡乱な目を向ける誠仁に、直毘人は盃を再び置いた。
「末娘の事、本気なのだな」
「はい…彼女を想う気持ちだけはずっと変わりません」
本当なら、高専を卒業したらすぐその足で本宮家へ直接赴いて、結婚を申し込むつもりだった。
あの事件さえなければ…
誠仁の脳裏に、忌々しい記憶がよぎる。
8年前、京都の高専で起きた【呪霊大量発生事件】
その事件の犯人は、かつて五条家の子息の婚約者筆頭と噂されていた名家の女子だった。
五条家の子息に思いを寄せていた女子は、五条の婚約者である如月家の娘を害するために、禁忌の呪物を用いてしまった。それにより、犯人の予想を遥かに上回る数の呪霊を引き寄せてしまい、当時交流会の真っ只中だった現場は混乱を極めた。
その際に侵入してきた、植物を操る未登録の特級呪霊。
彼女…本宮優月は「植物の御方」と呼んでいた。
理不尽な理由で、無理やり召喚させられた事に怒り狂った呪霊を前に、一級呪術師を含むとはいえ学生達は無力であった。悲しい事に、誠仁もその中の一人だった。
ただひとり…優月という例外を除いて。
「呪霊に立ち向かう優月は…強くて、とても美しかった」
誠仁にとって、あの事件は今でも忘れられない…
いや、風化させてはいけないものとして胸に刻まれている。
呪霊による攻撃で、鋭い木の棘に胸を貫かれた優月の姿。
荊が優月の身体に張り付き、呪いとして彼女を蝕んでいく光景。
恍惚とした口調で優月に条件を持ち掛け、自由を奪い、我が物にした忌まわしき呪霊…植物の御方。
「あの呪霊だけは許さない…
この手で必ず祓ってみせるッ!
人生をかけてでも…例え、この命を散らせる事になろうとも…必ずッ!!」
植物の御方への憤怒と憎悪を顔に露わにして、誠仁は胸中を語った。
「いい面構えだ。
…お前を最側近に選んだ、俺の目に狂いはなかったようだ」
直毘人は満足げに頷くと、用意していた別の盃に酒を注いだ。
ほれ、飲め…と促すと、誠仁は勢いよくそれを一気飲みした。
「で、その植物呪霊を祓った後はどうする気だ?」
直毘人は改めて問いかけた。
十口以上飲んで、酔いが回り始めている誠仁は徐に口を開く。
「ひくっ……本宮家…行って…うぃっ…今度こそ…彼女を…娶ります」
「律儀に本宮の本家へ申し込む気か。甘いぞ」
「ひくっ…どういう意味ですか?」
「本気で惚れてるなら、既成事実をする気で囲い込め」
直毘人の爆弾発言に、誠仁は「ぶっ!」と飲んでいた酒をむせてしまう。
ごほごほっと咳をする弟をよそに、直毘人は言葉を続ける。
「本宮家は、保守派の連中が慄くレベルのやばい者達が揃っている。
過去に、本宮家の女をあらゆる手段で手に入れようとした上層部や御三家の男共は完膚なきまでに叩きのめされた。時に、鬱陶しい藤基家の者も加わり、阿鼻叫喚の宴を披露した。
主犯者が、二度と表舞台に立てなくなるだけならまだマシの部類。
当主の鶴の一声で、断絶された家も少なくない…」
その説明を聞いた誠仁は絶句した。
本宮家の当主が只物ではない、あらゆる業界にコネがある事は知っていたが…
一族全体を敵に回したら悲惨な末路しかない、という驚愕の情報に戦慄した。
直毘人が真剣な表情で話す事も相まって、その危険性がひしひしと伝わってきて、誠仁はごくっと固唾を吞んでしまう。
「まぁ、俺を除いてだが…」
「はぁっ!? ちょっと、兄上…まさか…」
「若い頃、気に入った女がいた。
現当主…慶一の妹だ。
側妻にしようと申し込んでも断られ、仕方ねえから隙をついてかどわかそうとした」
「…よく生きてられましたね」
「本宮家は女も強いからな。
守られるのが当たり前の深層の姫君だと思って近づけば、逆に痛い目を見る。
特に、あいつと末娘のような【翡翠の珠】は侮れん力を秘めている。
あいつは…俺の腕に囚われる事なく、国の外へ逃げやがった」
狡い女だった、と悪態をつく直毘人は寂しげに遠くを見つめた。
…その女性の事を本気で好いていたのだろう。
想い人を奪われた自分と重なる部分があり、誠仁はやるせない心持ちになる。
「だから、決意した。
時間をかけても、獲物は捕獲しようとな」
「…はい?」
先程とは一転、好戦的な笑みを浮かべる直毘人に、誠仁は目が点になる。
背景に疑問符が並んでいたが、ある事に気付いて眉間に皺を寄せていく。
「まさか、定期的に分家の者を数名、海外に派遣しているのは…」
「察しが良いな。
この数十年の間、俺はずっとあいつを探している。
配下を使って人脈作りができる上に、外国産の酒も入手できる…
まさに、一石二鳥といったところか」
得意気にネタばらしをする直毘人。
誠仁はうわぁ…と苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。
同時に、兄が本気なのだと否応にも感じずにはいられなかった。
当主の妹を見つけたら、兄は迷わず彼女を捕らえるだろう。
彼女が年齢を重ねていようと、既婚者であろうと関係なく…己の手中に収める気だ。
「そういや、【翡翠の珠】で思い出したが…慶一の孫娘もそうだったな」
誠仁はあっ…と声を漏らす。
一時間前に優月と再会した時、彼女と一緒にいた姪の姿を思い出した。
容姿が優月に似ており、彼女と同じ翡翠色の瞳の可愛らしい女の子だった。
「直哉が、2ヶ月前の茶会で会った子女の事が気になって仕方ないようだ。
覚えていた特徴から調査してみれば、案の定あいつの孫娘だった」
血は争えねえなぁ…と直毘人は愉快そうに喉を鳴らして笑う。
方や、誠仁は全然笑えなかった。
仮に、優月を救えたとしても…
禪院家に迎え入れるには、解決しなくてはならない難題がありすぎる事実を突きつけられたから。
「一度、末娘と孫娘に挨拶がてら会いに行ってみるか。
…弟嫁と義娘になるかもしれんしな」
そして、異母兄の(十中八九、嫌な予感しかしない)企みから切実に逃げてほしいという気持ちが芽生えたからである。
…想い人とその姪の今後が心配になった瞬間だった。
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