【裏2】五条少年は、【愛】の呪いを知る
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(ふはぁー、スッキリした…)
寝間着用の浴衣を着て、悟は長い廊下を歩いていく。
自室に戻る前に、厨房に行って馴染みの料理人にフルーツ牛乳をリクエストしよう。
呑気にそんな事を考えていると…
(…ん?)
母の部屋の障子が少し開いていた。
暑くなってきたので、風通しを良くしているのだろうか。
開いている隙間から中を覗いてみると…
(めずらしい…母さん、寝てる)
母が壁にもたれかかって寝ていた。
傍らに本が数冊積み重なっており、母の手元に開いた本が置かれている。
読書中に眠気がきてしまったのだろう。
悟の母は、五条家の分家出身だ。
父とは政略結婚であり、18歳の時に五条家当主の正妻となった。
悟から見て、両親の仲は悪くない。
…かといって、特段良いとかと言われると首を縦に振れない。
社交や仕事の時は協力し合っているが、家にいる時は一定の距離を保っている。
お互いに必要以上に干渉しあわない…ビジネスライクな関係だ。
悟はそれを特に不思議に思わなかった。
格式の高い家では、それが当たり前だからだ。
むしろ、普通に話せる仲を築いている両親はまだマシな方である。
他の御三家…禪院家は封建的思考で、女性の立場が低い事から、正妻であっても当主に意見できない。
加茂家に至っては、現当主は正妻以外に側妻も多いらしい。
当主の愛と権力を巡って、時代劇の大奥並にドロドロとした戦いが繰り広げられている事で有名だ。
(そういや、親父にもいるんだっけ…)
父には「愛妾がいる」と使用人達が噂話をしていた事を思い出す。
お気に入りがいるなら、離れで囲っているはずだが、こっそり見に行った時は誰の気配もなかった。
おそらく、どこか別の場所で匿っている可能性が高い。
将来的に腹違いの弟か妹が生まれても、悟が次期当主になる事は確定事項だ。
こちらに危害を及ぼさない限りは、悟は腹違いの弟妹の事は認める気でいる。
「う…ん…」
思考の波から現へ戻したのは、母の寝声だった。
そのままにしておくと、風邪を引いてしまうかもしれない。
起こすべきか、使用人を呼ぶべきか…
悟が悩んでいる最中、すっと部屋の中の襖が開く音がした。
(あっ…親父)
部屋に入ってきたのは…父だった。
寝ている母を目にすると、足音を消して近寄っていった。
母の頬に手を添えると、目尻を下げてこう囁いた。
「まったく…無防備すぎる」
隙間から覗いていた悟は思わず息を呑んだ。
あれは…誰なんだ?
稽古や食事の度に顔を合わせる父とは違う…見た事のない表情。
母を愛おしそうに見つめている姿は、別人のように思えてならない。
「今日も『呪い』をかけてあげよう」
「君が逃げないように…幾重にも重ねて」
ぽつぽつと呪文を唱えるように囁くと、父は眠る母の額に…そして唇に口付けした。
―――『呪い』
父の発した単語を耳にして、悟はぶるっと全身に震えが走る。
…倒錯した言葉と行動。
まだ幼い悟には、その奥に隠されているものが何なのかうまく理解できない。
だが、これだけは分かる。
父が母に対して、底なし沼のような重たい感情を抱いている事。
そして、母を…誰にも渡したくない事を。
次の瞬間、唇を離した父の視線がこちらへ向いた。
悟はひゅっと短く息を呑んでしまう。
(やばい…)
怒鳴られるかと思った。
しかし、覗き見をしていた人物が息子だと分かるや、父は微笑してしぃーと口元に人差し指を押し当てた。
悟はこくこくと頷くしかなかった。
…雰囲気に呑まれてしまった。
母に薄い掛け布団を被せると、父は障子を開けて出てきた。
「悟、時間はあるか?」
「…うん」
話をしようと父から提案された。
…断る理由はなかった。
父の心の内を聞けるのは今しかない…そう思ったからだ。
連れてこられたのは書斎だ。
初めて来た父の部屋は、難しい書物や文献がいっぱい並んでいた。
(読んだら、頭イタくなりそうなもんばっかだなぁ…)
ちらちらと辺りを見渡していると、父が何かを持ってきた。
「ほら、飲みなさい」
「これは…」
「ホットミルク。コーヒーは、お子様のお前にはまだ早い」
くくくっとニンマリ笑う父に、悟はむぅ…と頬を膨らませる。
「どうせなら、フルーツ牛乳にしてくれよ」と内心思いつつも、大人しく飲む事にした。
…ミルクの微かな甘みが口内に広がる。
父も自分で淹れたコーヒーをゆっくり飲んでいる。
チッチッと時計の針の音だけが響き渡る中、悟はちびちびとホットミルクを味わいつつ、父の様子を見つめる。
「何から聞きたい?」
コーヒーを飲み干した父が、ようやく本題を口にした。
「父さんは…母さんの事、どう思っているの?」
真っ先にその質問をした。
気になって仕方がない。
父が、どのような感情を…母に対して抱いているのか。
「愛しているよ。母さんは…俺の唯一だから」
危うくマグカップを落としそうになった。
「父が母を愛している」…衝撃的な告白だった。
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