【裏5】五条少年は、最大の強敵を定める
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「今日も、舞香さんに会いに来たんですか?」
「当然だろ」
「悟様、言葉遣い!」
このやり取りは、既に二桁目となる恒例の流れとなった。
ギルドへ入ったり、周辺をうろつくようになった所為で、悟と桜庭はすっかり常連扱いされている
…悪い意味で。
教団の聖職者や職員が対応すると、悟は素早く逃走したり、相手によっては舐めた態度を取る(桜庭は謝罪担当だ)。そのため、彼等をギルドから遠ざけるのは、専らシスターであるリエの役割になりつつある。
「立ち入り禁止の場所に入るなんて…いけない子ですね、五条君は」
「【虎穴に入らずんば虎子を得ず】と言うから」
「真正面から喧嘩売らないでくださいよ!」
ダメですよとリエが微苦笑しながら注意すると、悟はしれっと相手を挑発する発言で返す。
あー、もう~と頭を抱えてしまう桜庭をよそに、二人の会話は進んでいく。
「舞香さんに会いたいなら、事前に約束をしたらいかがですか?」
「約束しても、会える日が少ない」
「舞香さんから『週に一回、一緒に遊んでいる』と伺いましたよ?」
「全然足りない! 週に一回しか会えないなんてどんな拷問なんだよ!」
「悟様…それ、多方面の人達から批判が出ちゃう問題発言ですから」
桜庭はさらりと言葉を挟むが、悟は全く意に介す事なく、向かい側の椅子に腰かけるシスター相手に挑む姿勢を崩さない。
「俺はエージェントになる資格がほしい」
「そのためには、誕生日を五回迎えなければいけませんね」
「そんな悠長な事してられないんだ」
悟は至って真剣だ。
そんな少年の内心を感じ取ったのか、リエも子ども扱いせずに真面目な表情で「どうぞ続けてください」と耳を傾けている。
「あの夜会の後から、舞香がこなす任務のレベルがちょっとずつ上がってる」
「まぁ…そこまで調べたんですか」
「舞香が行った任務の内容は見逃した分はあるけど、大体は記録しているから」
悟の言っている事は事実だ。
彼は、舞香がどんな依頼を受けたのかその都度チェックしている。
任務の詳細等は、職員がいない間に桜庭に命じて調べさせたり、舞香を尾行したりして把握していたくらいだ。
「本当に…いけない事をしていますねぇ」
「将来の妻が、危険な事に巻き込まれないよう見守ってるだけですけど?」
生暖かい眼差しを向けるリエに、悟はキリッとした顔で公然と言い返す。
…それ、ストーカー宣言してるようなものです。
内心そう思いながら、桜庭はちくちくと痛む胃と格闘しつつ、この状況をどうすべきか思考する。
「申し訳ありませんが、条件を変更をするのは難しいですよ」
「シスターは頭の固い腐った蜜柑共じゃないと思ってたけど…違うんだね」
「時と場合に応じて、規則や法律は内容を改善させていく必要はあります。
でも、たった一人の要望を叶えるために自分勝手に歪める事はできません。
エージェントになりたい他の人達にとっても、不平等になりますからね」
ハッキリした口調で告げられ、悟は視線を鋭くさせて下唇を噛み締める。
桜庭はゾクッと背筋に悪寒が走る。
ピンッと糸を張り詰めたような…肌を刺すような緊張感が室内に漂っているのを否応にも感じ取る。
悟が殺気を放出させているからか…?
「…シスターは、俺が舞香に近づくのが嫌なのか?」
「『お付き合いには適度な距離感が必要』というアドバイスをしているんですよ」
いや、違う。
この部屋の空気を支配しているのは…リエだ。
「五条悟君、貴方が舞香さんに対して溢れるばかりの強い愛情を抱いている事は分かります。
人を愛する事は素敵な事。ですが…愛の形にはいろいろあります」
「愛のカタチ…」
「もし、貴方に好意を抱く方がいたとしましょう。
その人は、貴方の意思を無視して自分の愛情だけを押し付けていく。
その事をどう思いますか?」
投げかけられた問いかけに、悟の脳裏に浮かんだのが…
当主を失脚させ、田舎へ永久追放した過根山家の長男の娘。
あの少女の顔を思い出した途端、胸に嫌悪感と憎悪が込み上げてきた。
「絶対に嫌だ!」
「そうでしょう。相手の事を理解せず、何も見ようとせず、ただ自分が望むものを押し付ける。
それは愛とは言えません。ただの独り善がりであり、束縛と言う名の【暴力】です」
そう告げられた事に、悟はハッとした。
「その様子だと、私が言おうとしている事が分かって頂けたかしら。
貴方の常日頃の行動が、舞香さんにも影響を及ぼすかもしれない。
舞香さんだけでなく、五条家や他の人達にも…ね」
悟は苦虫を嚙み潰したような表情で、視線を逸らしてしまう。
これまでの悟の行動は、舞香に対する愛が原動力となっている。
しかし、その行動は舞香が望んでいるわけではなく、悟自身の我儘からくるもの。
こちらの行動が明るみになった時…果たして、舞香は許容できるのか?
その答えが導き出せない程、花畑脳ではない。
…自分に纏わりついていたあの忌々しい少女と同じ穴の狢になっている。
遠回しにそう言われた気がして、胸がじりっと締め付けられる。
「シスター…いや、リエさん。ハッキリ言ってくれた事、感謝するよ」
悟は分かっていた。
リエがこちらの非をやんわりと指摘して、反省を促そうとした事を。
リエの言っている事はもっともだ。
悟は、舞香の気持ちを無視する形で、五条家へ迎え入れようとは思っていない。
それが最悪の手段である事は、年に二回しか会わない前当主の祖父や父の過去の失態を知っているからだ。
舞香との心の距離を縮めていくためには、彼女に迷惑をかけないように自制が必要な事があるのだ…と。
「でも、全部納得できる程、俺は大人じゃない」
だからといって、リエが求めている事に対して全面的に同意できない。
自分の知らないところで、舞香が見知らぬ輩に傷つけられたり、拐かされる事態は断固として阻止したいからだ。
「この先、あんた達が舞香に無理強いするような事があれば、俺は容赦しない。
その時は…全力でぶっ壊す」
教団側が、舞香に理不尽な事を強制する可能性もあり得る。
そんな事が起きたならば、悟は組織ごと壊滅させる気でいる。
「ご忠告ありがとうございます。
そのような事にならないように、私達も舞香さんをサポートしていきますね」
物騒な宣言をしたにも関わらず、リエは悠然とした態度を崩さず、微笑を浮かべている。
この時、悟は理解せざる負えなかった。
今の自分では、リエには適わない事を…。
六眼を通して見えた彼女の実力は…悟の想像を遥かに上回っていた。
―――呪力とは異なる『力』
それは人知を超えたものであり、悟は生まれて初めて恐れを抱いた。
そんな人物が、想い人の教育係となっている。
何より、リエは想い人…舞香といつの間にか良好な関係を築いている。
あたかも、幼い頃から共に成長してきた家族のような…幼馴染であるかのように。
舞香と先に出会ったのは、自分なのに…!
沸々と湧き上がる羨望と嫉妬の念。
悟にとって、人生で初めて敗北感を味わった瞬間だった。
「リエさん…貴女は、俺が今まで会った人の中で、すげー負けたくない気持ちにさせた初めての人だよ」
悟は改めて認識した。
自分にとって、シスター…リエ・クローチェは人生で超えなければならない最大の強敵であるのだと。
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