【裏5】五条少年は、最大の強敵を定める
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「貴方…聞いていらっしゃるんですか!」
妻の声により、修光は現へ意識を戻した。
「すまない…悟は?」
「説教したら、聞く耳持たずに出ていきましたよ」
ああ、まずい…失敗した。
ふとした事で思考に入る癖があり、その間は他者の話が聞こえてこないのだ。
「いい加減に諦めるように話したら如何ですか?」
「…何を、かな?」
「悟は分かっていません。あの子は舞香さんに執着しています。
それで、彼女や本宮家の方々にどれほどご迷惑をかけ続けているのか…理解していない」
いつになく厳しい表情で言う妻。
息子の行動を問題視しており、本当に心配しているのだ。
「貴方も…何を考えているんですか?」
「私は、君や悟の事を考えているよ」
「ご冗談を。貴方がいつも考えているのは自分の事だけでしょう」
「なっ…ちがう!」
思わず声を荒げて反論するが、妻は侮蔑の感情を宿した目で睨みつけてくる。
「五条家の利益や自衛のためならまだしも、息子を隠れ蓑にして自分勝手な行動をするのは慎んでください。
ましてや、違う派閥を陥れるために、無暗に争い事を引き起こす事だけはしないでくださいませ!」
「響子、落ち着いてくれ」
「失礼。気分が悪うございます…部屋に戻りますね」
「だから、落ち着いて…」
「触らないで!」
肩を掴んだ手をバシッと手で振り払われた。
振り返った妻の顔を見て、修光は後悔した。
冷静な彼女が幼少の頃のように、目尻に涙を貯めていたからだ。
「ずっとそう…子どもの頃から、貴方の我儘に振り回されてきた。
いつだって、貴方は自分の好きな事だけして、私が苦労しているのにそれすら気にする素振りはなかった」
「すまない…あの時は、俺も視野が狭くて…」
「政略結婚なんて【家同士の繋がりを強化するための都合のいい契約】だと、お義母様は常々仰られていた。
だから、私も貴方に過度な期待をする事を諦めたの。
辛い事があっても、耐える事ができたのは…実家の支えとたった一人の親友がいたから」
結婚してから、響子は意見をする事はあれど、修光の事を最大限にサポートしてよき妻であり続けてくれた。
だから、彼女も過去の事で葛藤はあれど、自分に寄り添おうとしてくれている…そう思っていた。
「でも、あの事件の所為で全てが変わってしまった。
貴方も、犯人の彼女に付き纏われて迷惑していた点では被害者でしょう。
だけど…貴方の常日頃の思わせぶりな態度が、彼女の思いを狂わせた原因にもなったのよ」
だが、違った。
自分が抱いていた淡い期待が、どれだけ傲慢で独り善がりな考えであったのか…
「貴方が優柔不断で、私と婚約破棄をせずにズルズルと流されていった結果…
どうなってしまったか、きちんと思い出しなさいよ…ッ!
あの事件で、たくさんの学生や関係者の人達が傷ついてしまった!
私は…かけがえのない親友を失った!
悍ましい特級呪霊に目を付けられた親友は…
優月ちゃんはあったかもしれない平穏な未来を滅茶苦茶にされてしまったじゃない!
全部…全部、貴方の所為よ!!」
目から真珠大の涙を零しながら、責め立てる妻から突きつけられてしまった。
呆然とする修光から目を背けるように、響子は襖を開いて駆け出して行った。
「ごめん、ごめんよ…響子」
追いかけていく気力もなく、修光はその場に立ち尽くし、謝罪の言葉を口にするだけしかできなかった。
「必ず…俺がなんとかする。
あの植物呪霊の呪縛を解いて、本宮を取り戻すよ。
悟の方も…未来の妻に、あの子を…」
この現状を変えたい、変えなければならない!
そのためだったら、あらゆる手段を用いてでも…
顔に狂気の色を滲ませ、ブツブツと呟く当主。
傍らで一連の様子を見る羽目になった新米の女中は顔を青褪めて震えており、長年仕えている立花は重たい溜息を吐いた。
*** ***** ***
「くっそ…なかなか進まない」
自室に戻った悟は苛立ちを露わにしつつ、女中が運んできた有名な和菓子店の果物入り大福を味わう。
ヴァルハラ学園へ転校する作戦は、父からの却下により断念せざる負えなくなった。
前回同様に、舞香と同じ学園の生徒になれば、学園内の行動範囲が広くなるし、舞香の様子を逐次見守る事ができるのに…
「そりゃ、そうですよ。
大事な跡取り息子を敵かもしれない勢力が運営する学校へ通わせるなんて、普通にありえませんから」
従者の桜庭が呆れた表情でツッコミを入れながら、急須の緑茶を湯呑に入れていく。
ヴァルハラ教団は、呪術界…特に上層部と保守派からは超警戒対象とみなされている組織だ。
舞香のもとへ気軽に行っているが、悟も本来なら教団内へ入る事は危険であり、避けなければならない。
ましてや、転校なんて…当主である修光が許す訳がない。
「せめて、エージェントの資格をとる事ができたらなぁー」
「猶更、危険度高いじゃないですか!
というか…エージェントの関連施設に顔出しに行くのはやめてください。
あそこ、関係者以外は立ち入り禁止区域になってますし、滅茶苦茶スタッフの人からの視線が痛いし…」
教団内は、一般人でも入れる場所と関係者しか入れない場所に分かれている。
エージェント専用の施設…ギルドは後者にあたる。
一般人は依頼をする時以外は、基本的に立ち入り禁止となっている。
「それに、受付の方が言っていたじゃないですか。
悟様は、現時点で受験資格の条件を満たしていないと…」
エージェントの資格を取りたい場合は手順を踏めば、資格試験を受ける事ができる。
但し、条件もいくつか設けられている。
一般人が受験したい場合は、ヴァルハラ教団の関係者か繋がりのある人物の紹介が必要となってくる。
また、受験するための資格年齢は【15歳】からと決められている。
悟は上記の条件を満たしていないため、受験できないのだ。
「納得できねぇー! 舞香は普通に受ける事ができたのに…」
「舞香様は、別の条件を満たす事ができたからですよ」
ヴァルハラ教団の聖職者の場合は、内部関係者という事もあってか書類作成だけで済む。
また、関係者が実力的に問題ないと判定した場合は年齢に関係なく受験可能となる。
舞香はスウェア(シスター候補生)であり、教育係のリエからの推薦があった事で受験資格を得る事ができたのだ。その結果、正規の試験に合格してエージェントとなり、舞香はコツコツと依頼をこなす日々を送っている。
「その情報さ…【窓】経由?」
「いえ、エージェントになった甚爾さんが教えてくれました」
悟の眉間に大いに皺が寄る。
甚爾は、舞香よりも先に資格を取り、たった数ヶ月で上位エージェントとなった。
(俺だって、できるのに…)
資格さえあれば、自分なら数週間で昇級試験を受けて上位エージェントになれる自信がある。
ままならない現実に、悟は苛立ちを紛らわすように差し出された湯呑の緑茶をぐいっと一気飲みする。
「ところで、桜庭…【鳩】の方は?」
以前、悟は桜庭に五条家直属の窓の中から潜入するスパイ…【鳩】を集めるように命じた。
「はい。既に報告が二つ程あがっています」
一年前に忍ばせた【鳩】が失敗した事を踏まえて、今回は父の側近二人の立ち合いのもと、年齢・性別が異なる選りすぐりの精鋭…六名の【鳩】を選出した。
現在、それぞれを本宮家、中立派の有力家系、ヴァルハラ学園へ潜入させている。
「本宮家の方ですが、御息女である明里様の婚約発表を近々行われるそうです」
「ああ、舞香の従姉か…」
「お相手は、藤基家の嫡男である智彦様です」
「はっ? えっ…? マジで!?」
悟の脳裏に、あの温厚そうな少年の姿が浮かび上がる。
二年前に、悟に恋愛のアドバイスをしてきたあの人がよもや、本宮の本家の長女と婚約する事になるとは…
いささか予想外だった。
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