【2】新規のお客様へのご案内


エステルは手に取った漫画を熟読していた。

1巻が終わると…次の2巻を取りにいき、続きを読んでいく。

3巻、4巻、5巻…みるみるうちに、読む冊数は増えていった。



「すまぬが、お嬢さん」


第三者から呼びかけられ、エステルは現実に戻された。

その声の方へ振り返ると、一人の青年が立っていた。

黒髪の黒い瞳、白と黒生地がメインの変わった異国の服装を纏っている。



「読書中に申し訳ないんじゃが…

そこの長椅子よりも、あそこの丸机がある日当たりのいい場所を使った方が視界的にもいいぞ。

それと、夢中になる気持ちは分かるがのう…終わった単行本を隣に積み重ねていくのはやめてくれんか?

このままじゃと、単行本の山が椅子を占領してしまうからのう」



古風な話し方をする青年の指摘に、エステルはハッとした。

自分でも気付かない内に、読んでいる漫画を長椅子にきちんと上から並べる形で積み重ねていたのだ。


「す、すみません…私ったら、知らない内においてしまって…」

「よいよい。誰にでもそういう経験はあるもんじゃ」


青年は細目でケラケラ笑って「気にせんでいい」と言う。

エステルは元の本棚に読み終わった漫画を返すと、青年に頭を下げた。


「改めて、ありがとうございました」

「礼儀正しい娘さんじゃ。見慣れん顔だが…此処へ来るのは初めてか?」

「はい、今日…初めて訪れました」


「ふむ…野暮な事を訊くが、お主は『表玄関』から来た者か?

それとも『裏通り』…狭間の空間を潜ったのか?」


青年がさりげなく尋ねてきた質問に、エステルは大きく目を見開く。


「そう警戒せんでいい。ワシは単純に気になったから訊いてみたかっただけじゃ」

「――――後者です。あの…この貸本屋さんを利用している方ですよね。貴方も…」


エステルはもしやと目の前の青年に聞き返す。


「いかにも。ワシもあの扉(ゲート)を利用している者だ」


青年は大きく頷き、エステルの推測が当たっていると暗に口にした。


「!? それじゃあ、私と同じ…」


エステルは驚きを顔に露わにするや、すぐに次の言葉を継いだ。


「彼是、10年前…この貸本屋が出来たばかりの頃にたまたまのう。

それ以来、此処へ通うようになったんじゃ」


「通う…という事は、此処は再び訪れる事も可能なんです?」

「可能じゃよ。マスター…ハルに頼めばな」

「そ、そうなんですか…」


「ワシ以外にも、巻き込まれたのがきっかけで常連になった者が少なくないぞ。

…てか、此処の顧客層の8割はそれじゃ」


「ええっ~…!?」


告げられた事に、エステルはさらに吃驚する。

…この店は思っている以上に凄い場所なのかもしれない。

彼女の中でそんな認識ができつつある。


「エステルさん」


その時、ゲルダが戻ってきた。


「あ、ゲルダさん…」

「楽しんで頂けていますか?」


「はい…この漫画、とても面白いです!

小説と違って絵がメインなのに、物語がすぅーって頭の中に入ってきて…」


「漫画は、この世界では幼いお子様から大人の方まで幅広く親しまれているジャンルです。

小説とは違った手法…視覚で楽しめる上に解り易く物語を理解できるのもいいですね」


興奮するエステルの気持ちを汲み取るように、ゲルダも笑って彼女の言わんとしている事に同意する。


「随分、打ち解けとるようだのう」

「いらっしゃいませ、太公望さん」


先程まで、エステルが使用していた長椅子にリラックスするように、青年…太公望が腰を下ろしていた。


「本日はどんな書物をお求めですか?」

「じっくり選ぶ予定じゃ…お、下の食事処の今日のお勧めのスイーツはなんだ?」

「メインは白玉あんみつパフェです。アイスとクリームは豆乳を使用しています」

「ふむ、ならひと眠りした後で食べに行こう。楽しみにしとるぞ~」


太公望はひらひらと手を振ってそう言うと、長椅子に横になり、昼寝し始めた。

すぐにすぴーと眠りについた彼をぽかーんとして見つめるエステル。


「そろそろランチタイムになりますが、食事でもいかがですか?」


ゲルダの誘いに、エステルは長椅子で寝息を立てる太公望が気になりつつも、「はい…」と小さく頷いた。




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