【1】こちらは“異世界の貸本屋”でございます
「調整が終わるまで、店内で好きなだけ寛いでください」
ハルの厚意に甘えて、エステルは客室から別の場所へ移動する事にした。
「三階は特別なお客様専用のお部屋を設置しています」
先程、エステルを治療してくれていた女性が案内してくれる事になった。
彼女の名前はゲルダ。
店長であるハルの部下であり、双月文庫の副店長的なポジションにいる人である。
ゲルダの説明を聞きながら、エステルは屋敷内の様子を眺める。
この屋敷は面積が広い。
外側がどうなっているのかは、起きた時に中にいたエステルはまだ確認できていないが、三階の通路には来客用の部屋がいくつかあった。
ついさっき、エステルが休んでいた部屋もその一つであり、ゲルダ曰く「特別なお客様や諸事情により帰宅が困難な方のためのもの」らしい。
「帰宅が難しい人もいるんですか?」
「ええ、扉(ゲート)を元の場所へ繋ぐためには世界によって難易度が変化してくるんです。
中には数ヶ月から一年以上かかる場合もあります」
「い、一年も…!?」
「ふふ、ご安心を。マスターが言ってましたが、今回は一日程度で済むそうです」
「そ、そうですか…」
ホッと胸を撫で下ろした。
帰るまでに一年もかかってしまうと、さすがに困ってしまう。
ハルルの町の人々やユーリ達に過度に心配させてしまうのは心痛い。
「そういえば、ハルさんは貸本屋を経営していると言ってましたね。
此処はどんな本を取り扱っているんです?」
「一階から二階にかけて古書から新書、多様なジャンルの書籍をおいています。
エステルさんは本が好きですか?」
「はい、大好きです!」
「そうですか…では、ゆっくりとご覧ください。
貴女が好きな本に巡り合えるといいですね」
緩やかな階段を降りていき、二階へ訪れると…
エステルはわぁ…と感嘆の声を漏らしてしまう。
「ようこそ、貸本屋【双月文庫】へ」
ゲルダは微笑みながら言う。
白磁色の壁を覆うように、エステルの背よりも高い本棚が並んでいる。
天井には光を灯っており、昼間のように明るい。
(この灯りはどんな仕組みなんでしょう?)
一瞬、エステルの世界で使用されていて、今は減少傾向にある魔導器(ブラスティア)が頭をよぎる。
この貸本屋がある世界では古代文明のような高度な技術が現存していて、使用されているのだろうか…。
エステルの視線は、店内全体を映し出していく。
三階もそうだが、二階の店内も広い。
旅をしていた時に時折、立ち寄った【ナム孤島】と呼ばれる独立国家にある学校に構造が似ている。
どこかレトロでノスタルジックな雰囲気と、現代的な要素が入り混じりつつも調和した、落ち着ける空間を演出している。
エステルたちがいる場所は、主に漫画と呼ばれる絵を主体にした書物が置かれているコーナー。
二階の他の場所には、絵本や児童文学、ライトノベルといった、比較的若い年齢層に需要がある書籍がたくさんあるらしい。
「すごいです…この本、絵なのに絵本とは違う感じがします」
試しに、近くの本棚にある漫画を手にして頁を捲った。
エステルの目は釘付けになった。
こんなに綺麗な人物像や精密な自然、町の風景を描かれている本は初めて目にする。
彼女は改めて、異世界の文化と接してカルチャーショックを受けたのだ。
「立っているのも辛いでしょうから、よければ…あちらに座って読んでください」
「…よろしいんです?」
「ええ、此処はお客様が好きな本を自由に読めるスペースですもの。
もし、何かありましたらあちらに設置されている呼び出しベルを鳴らしてください。
その際は、私か他の従業員が対応いたします」
「すみません…お言葉に甘えさせていただきます!」
エステルは深々と頭を下げると、設置されている長椅子に座って、先程の漫画を読みだした。
一枚ずつ頁を捲っていく毎に、彼女の表情はくるくると変わっていく。
その様子を眺めながら、ゲルダはふふっと満足そうに笑顔を浮かべた。
「どうぞ…ごゆっくり」
【こちらは“異世界の貸本屋”でございます】
ゲルダが、エステルの対応をしている中、ハルは玄関付近にある時空の狭間を観察していた。
「エステルさんがいた世界は…テルカ・リュミレース、となると流れは東西方面か」
狭間に向かって、手を翳すと複雑な構図をした魔法陣…もとい解析陣が出現する。
カタカタとパソコンを操る要領で、ハルは指先を動かしていく。
「…ふむふむふむ…通路(ルート)を構築するにはざっと8時間ほど。
なら…パッパッとやりますか」
これなら余裕だな、と口元に弧を描くと、ハルは指を打つ速度を上げ、調整を進めていった。
【つづく】
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