【1】こちらは“異世界の貸本屋”でございます


エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインがその不思議な入り口を発見したのは、ちょうど帝都から住家へ帰宅した時の事。


エステリーゼ…エステルは、つい1年半前までは帝都ザーフィアスから一歩も出た事がなかった深層の姫君だった。

先帝の遠縁にあたるゆえに、時期皇帝候補に祭り上げられたのも大きな要因だ。


そんな彼女は、ある出来事がきっかけで下町に住んでいる元騎士の青年、ユーリ・ローウェルと

その相棒犬、ラピードとともに旅に出る事となった。


旅をする中で、エステルはさまざまな事を学んだ。

城の中にいては分からない市井の事。

一部の貴族の暴政により、苦しめられている民の事。

帝国とは異なり、独自の掟に遵守し、自由な気風で民をまとめる集団【ギルド】の存在。


そして、ユーリとラピード以外にも仲間ができた。

数々のギルドを転々として、ユーリと新しいギルドを結成し、幼くもボスとなった少年。

魔道器研究の一人者で、素直ではないけれど人一倍仲間思いな天才少女。

神出鬼没な風来坊だが、実は帝国とギルドに所属する二つの顔をもっていたおじさん。

ミステリアスかつ艶やかな魅力を放つ、クリティア族の放浪者の女性。

古風な話し方が特徴で、大きな海賊帽がトレードマークの天真爛漫かつ行動的な少女。

帝国の城内ではエステルの味方で、ユーリの幼馴染であり、現在では正式な騎士団長となった若き騎士の青年。

そして…メンバーの中では相談役で、見ていると人を和ませるオーラを纏った異世界で旅を続ける女性がいた。


個性的な面々と旅をする中で、エステルはいつしか自分のやりたい事を見つけ出した。

古代文明の真相、前騎士団長の暴走、世界の危機をもたらした厄災など、めまぐるしく事態が急展開していった。

すべての問題が解決した後、エステルはハルルという町で絵本を描きながら、従兄であり、現在の皇帝陛下の手伝いをしている。



ちょうど、その日も帝都での仕事が一段落して、ハルルに戻ってきて家で疲れを癒していた時だ。


「お休みのところすみません」


ハルルの町長が急遽訪ねてきた。

なにやら困惑した顔で、エステルに相談をもちかけてきたのだ。


「どうしたんです?」

「実は…エステルさんがお帰りになる数日前に、樹のところに不思議なものが現れまして…」


この街はシンボルと呼べる大樹がある。

ハルモネア、ルルリエ、ルーネンス…

その三つの植物が重なり合っている事から、それぞれの頭文字をとって『ハルルの樹』と呼ばれている。

大樹を覆う桃色の花弁が視界いっぱいに広がる。


今日も、その美しさは健在のようだ。

ハルルの樹の根元に、住民達が何名か集まっている。

町長は全員に下がるように告げると、それをエステルに見せた。


「これは…」


エステルは目を瞬かせた。

根元に浮かび上がった奇妙な切れ目…

いや同化したように広がる緑黄の光を放つ空間ができている。



「数日間、様子を見ておりますが、今の所目立った危険はでていません。

ですが…このまま放置してもいかんと思いまして」


「…そうですね。まずは、近くに駐屯している騎士に至急この事を伝えてください。

あと、【凛々の明星】に連絡をお願いします」


「分かりました」



町長と住民の何人かが町の方へ降りていく。

エステルも、何かできないか…と改めてその切れ目を調べようと振り向いたその時…


「あっ…あぶない!」


さっきまで一部始終を見ていた子ども数名が、興味深そうに切れ目の近くまで寄っていた。

その中の男の子が、切れ目に人差し指を入れようとしていた瞬間、そこから先程よりも強い夥しい光が放ちだしたのだ。

怯んだ男の子を助けようと、エステルの足は動いていた。


「キャアッ!」


エステルは急いで男の子を庇うように前へ出たその時、思わず木の根元に足を引っかけてしまった。

その所為で、身体が重力に従って倒れてしまい…



「「「おねえちゃーん!!」」」

「エステル!」


切れ目の中へ転がり落ちて行ってしまった。

延々と続く光の空間へ落ちていく最中、子ども達の叫び声に交じって、仲間の青年の声が聞こえた気がした。




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