【11】エステル、異世界の貸本屋でお泊まりする(3)
「でも、私のために…ユーリ達を心配させてしまいましたね。
本当にすみませんでした」
暗黙のルールに囚われてしまい、逆にそれが原因で仲間達に迷惑をかけてしまった。
申し訳ない事をしたとエステルは、改めて謝った。
「…今度からはこういう事は早く言えよ」
「はい」
「帰宅したら、陛下や城の使用人達にも事情を説明する事。
エステリーゼ様が頻繁に行方を晦ましたら、彼等は混乱してしまいますからね」
「気を付けます」
「それから…カロルとジュディにも謝っとけよ。
あいつ等も慣れない城生活してまで、エステルの事見張ってたからな」
ユーリが苦笑して言った事に、エステルは「分かりました」と鷹揚に頷く。
「どうぞ」
一通りの話が済んだところで、ゲルダがパウンドケーキと紅茶をエステル達の机に配膳してくれた。
空気を読んで待ってくれた彼女の気配りに、エステルは内心感謝した。
「ん、この紅茶…うまいな」
紅茶を飲んだユーリがその言葉を口にした。
「マスター…店長のハル様の特製ブレンドティーでございます」
「へぇ~」
「僭越ながら、こちらのケーキもご賞味くださいませ」
紅茶とともに、ゲルダが勧めてくれたケーキを口にする二人。
「美味しいですね」
フレンが満面の笑顔で言う。
(これはあまり知られていない事だが)味音痴である彼を満足させるなんて
…ゲルダが作るお手製ケーキを改めて凄いと思ったエステル。
「ガウっ!」
「うん、いい食べっぷりだ」
視線をラピードが座る方へ移すと、セッタがいつの間にか、彼のために残り物の材料を使って
作ってくれたご飯を専用のお皿に盛りつけて食べさせていた。
ガツガツと勢いよくそれを食べるラピードを、セッタは嬉しそうに頷きながら頭を撫でる。
「…にしても、此処の店、『貸本屋』っていうより【図書館】みたいだな」
パウンドケーキを一気に平らげたユーリが、店の感想を口にした。
エステルの住む世界―――【テルカ・リュミレース】にも貸本屋というものは存在する。
古本を中心に主に中流階級の市民層…学生や小金持ち等…をターゲットにした店が帝都にあり、
数回だけ足を運んだ事もあるが、扱っている書籍には限りがあり、ジャンルも特定の物に偏っていて、
女性や子どもには敷居が高い印象を受けた。
だが、それがエステルの世界の一般的な貸本屋のスタイルなのだ。
各異世界の貸本屋の形式は、似ているか否かまでは分からないが…
この貸本屋【双月文庫】はおそらく、普通の貸本屋のイメージとはかけ離れていると思われる。
ユーリの言う通り、大規模な図書館に近い気がする。
「此処は遠方から訪れる人も多いんです。
出来る限り快適に過ごせる場所にしたいと思って、前に住んでいた人から了承を得て、
この屋敷を改築しました」
向かい側に座るハルが、丁寧に解説してくれた。
「ところで、ローウェルさん。シーフォさん」
「ユーリでいいよ」
「僕もファーストネームで構いません」
「…分かりました。ユーリさん、フレンさん。
あなた方がこの店へ迷い込んだ原因となった歪はどこで発生しましたか?」
「ハルルの樹の周辺だ」
「えぇ! あそこにまた発生したんですか!?」
エステルは顔に驚きを露わにする。
時空の歪が連続して、同じ場所に現れていたとは…。
「自宅に行って、エステルがいなかったから、一旦戻ろうかって話をしてたら、町長に呼ばれてな」
「その問題の空間を調べようとしたら、吸い込まれそうになって…
ユーリと僕はそのまま此処に辿り着いたんです」
「…で、ラピードも追いかけてきてくれたって訳だ」
「わんッ!」
「もしかしたら…その樹の周辺は元々、異空への入り口が出来やすい場所なのかもしれないな」
一通りの話を聞いたハルが、珍しく難し気に眉を顰める。
(そうなると…あの場所にまた歪ができてしまう可能性も…)
エステルの胸に不安が芽生える。
幸い、エステル達はこの貸本屋へ辿り着けたが、その事を知らない第三者がまた
異空の空間へ迷い込む危険がある。
「…なら、俺に任せてください」
「「えっ?」」「ん?」「わふっ?」
「困った時はお互い様、でしょう」
朗らかに笑って片目を閉じるハル。
その表情に…エステルはまた既視感を覚えた。
【エステル、異世界の貸本屋でお泊まりする(3)】
今日は時間的に遅い事もあり、現場には明日向かう事となった。
「いいんですか?
ハルさんが他に部屋を用意してくださると仰ったのに…」
ベッドに座ったエステルが、床に敷布団を敷いた二人に尋ねる。
「いいんだよ。万が一のために…仲間同士でいた方がいいだろ」
「エステリーゼ様の事が心配なんですよ、ユーリは」
「ユーリ、フレン…」
「ん?」「なんでしょう?」
「店長のハルさん…二人はどう思いますか?」
エステルは聞きたくなった。
まだ会ってそんなに時間が経ってない二人の目に…彼はどう映ったのだろう?
「そうですね…
見ず知らずの僕達の事を色眼鏡で見ずに、親切に接してくれる優しい人だと思いました」
「初対面だったからなんとも言えねえが…
少なくとも、今の所は害はなさそうなヤツだって思ったな」
「…そうですか」
「どうして、そんな事訊くんだ?」
ユーリが問い返すと、エステルは少し逡巡するが、口を開いた。
「ハルさんを見てると…誰かに似ている気がするんです」
「それは…僕達と【面識のある人物】と、ですか?」
「『誰なのか』までは、特定していないんですけどね」
苦笑して答えるエステルに、ユーリはおいおい…と呆れた表情を浮かべる。
「ま、さっきの店主が『誰に似てるのか』はおいとくとして、もう寝ようぜ」
ラピードはもう熟睡してるし…とユーリは欠伸をしながら言う。
「明日は朝食を頂いた後で、ハルルへ向かいますから…出来るだけ身体を癒しておきましょう」
「そうですね、おやすみなさい」
エステルは微笑んで就寝の挨拶をユーリ達に言うと、小さな箪笥に設置されている灯りを消した。
しかし、瞼を閉じても考えてしまう。
明日は…何かが起きるかもしれない、と。
【つづく】
・
