【9】エステル、異世界の貸本屋でお泊まりする(1)
「え、億泰さん…宿泊するんです?」
億泰は二週間後、通っている学校が長期の休みとなるため、【双月文庫】へ宿泊する事を教えてくれた。
…以前、ゲルダが異世界から迷い込んだ人のために、店に来客用の部屋を設置している事は聞いていた。
常連客でも利用できるのだとこの時、初めて知った。
「俺、一人暮らししてるからよぉ、家にいても退屈なんだ。
でもよぉ…大型連休となると、映画館だってゲームセンターだって、どこの娯楽施設も人だらけなんだ」
「旅行に行くにしても、金がかかる上にもう国内でもどこのホテルも満員。
帰りも同じで、疲れだけが残るからあんまり行きたくないんだよなぁ」
億泰と仗助…二人の出身世界では、交通機関が発達しており、エステルの世界では馬車を使って
数日かかる町でも二時間程度で行けるレベルだ。
その分、利用者も多いためかよほどの旅行好きや身内の実家への帰省など特殊な理由がなければ、
あまり遠出をしたくない人もいる。
…億泰がその例である。
「そこで俺は閃いた!
金があんまりかからずなおかつ旅行気分を味わう方法を!」
「…で、この店のシステムの事思い出したんだってよ」
彷徨いこんだ異世界の住民以外の客が、宿泊するためには予め予約する必要がある。
来客用の部屋は一般の宿(億泰の世界の基準)よりも広く、食事処で朝・昼・夕の三食を提供してくれる。
また、料金次第ではちょっとしたサービスもついてくる…らしい。
「私も予約したよ」
「ソフィもですか!?」
「うん。本当はアスベルかシェリアといっしょだったけど…
二人とも仕事で忙しそうだから、一人で泊まるんだ」
エステルはまだ面識はないが、ソフィには仲間であり、保護者にあたる青年がいる。
彼は若くして地方領主になった経緯があり、領地運営のためになかなか付き添う事が難しい。
他にも仲間がいるようだが、それぞれ別の国にいてソフィの住む場所に来れない状況だ。
「お泊りするとね、本がたくさん読めるの。
私…いっぱい読みたい本があるんだ」
ソフィがウキウキしながら、泊まったら何をしたいか語る。
「宿泊…」
エステルはその言葉を反芻させる。
かつて旅していた頃、町の宿屋に泊まる事はあったが、一人でそれをした事は指で数える程度だ。
行動する時は仲間がいたり、護衛が付き添っている事が多いから。
(…一人だけのお泊り…)
ふわふわと花が宙を飛び交う億泰と、ワクワクとお泊りする日を待ち望んでいるソフィ。
熱湯のようなものが、エステルの胸を突きあげてきた。
*** ***** ***
「予約をしたい?」
「はい…是非、このお店で泊まりたいのです!」
思い立ったが吉日。
エステルははやる気持ちを抑えきれずに、本棚の整理をしていたハルのもとへ行った。
いきなりの申し出に、ハルはきょとんとしながら聞き返してきた。
「あの…ダメでしょうか」
「いや、大丈夫ですよ」
不安そうに尋ねるエステルに、ハルはニコッと微笑んで予約が今からでも可能だと伝えた。
「今月に立て続けに三名、宿泊の予約を入れたから珍しいなぁーと思って」
「常連客の方が宿泊システムを利用するのは珍しいんです?」
「三階の部屋は、主に迷い込んだ人が使うからね。
常連客で使用する人もいるけれど…二人だけかな」
ハル曰く、来客部屋は異空の裂け目によって迷い込んだ住民の利用率が高い。
しかし、迷い人は大抵単独であり、全体を通した滞在期間は平均三ヶ月(過去の最長期間は二年らしい)。
全ての部屋がうまる事はないため、一般客が予約を入れても何ら問題ない。
「宿泊日数や部屋の配置とか、希望はありますか?」
「ええと…」
ハルは名簿を持ってきて、宿泊するにあたり要望があるかどうかエステルに尋ねていく。
「できれば日当たりのいい場所がいいです…それから、あら?」
差し出された名簿の項目を眺めながら、エステルはある個所に目が止まった。
「一番下の項目にある『サービス』ですが、どういうものなんですか?」
「こちらは、いくつか種類があります」
そう言うと、ハルは別の用紙を見せてくれる。
そこには…サービスの詳細が書かれていた。
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