【8】当店は宿泊サービスもしております
康一は二階の窓際にある席に座って、お目当ての本を読んでいた。
(うん、アタリだ…)
思っていたよりも面白かった。
真ん中の頁まで読み終わると、ボーンボーンと柱時計が鳴った。
午後六時になったようだ。
…あと一時間ほどで帰宅しなければならない。
康一の世界とこの店のある世界の時間は、ほぼ変わらない。
この小説は第二巻まで出版されているようなので、二冊とも借りて帰ろう。
「おーい、康一!」
腰を上げて、一階にいるハルのもとへ行こうとしたその時、仗助の呼び声が聞こえてきた。
「ごめん、待たせたね…あ、億泰君きてたんだ」
「いい本あったか?」
「うん、二冊借りようと思って」
「じゃ、食事処で飯食おうぜ! 今日はおかわりタダだぞ、タダ!」
どうやら、今日は嬉しいイベントがあったようで、ハルが気前よくサービスしてくれるようだ。
「何があったの?」
「食べながら話すよ」
「よっしゃぁああ! 今日は徹底的に食うぞぉ―――!」
ハイテンションな億泰が先に走っていく。
転ぶなよーと仗助が軽い口調で注意し、康一はいつも通りだなぁーと朗らかに笑う。
食事処に着くと、そこには見慣れた常連客が席についていた。
「お、揃ってるな」
「あ、オクヤスとジョースケ、コーイチきたよ」
「三人ともグッドタイミングですよ。
ちょうど、ゲルダさんのアップルパイが焼きあがったところなんです」
カウンターに座るソフィとエステルがその事を告げると、三人の視線は、
ゲルダが均等に切り分けている最中の焼き立てのアップルパイへ移る。
こんがりときつね色に焼けたパイ生地、甘い林檎の匂いが鼻と腹の虫を大いに刺激する。
「マジで! ゲルダさーん、俺にもアップルパイ一枚!」
「億泰君、先に主食を選んだ方がいいよ。
デザートは後で食べれるんだし…」
ワイワイと賑わう常連の女性陣と男子高校生のやり取りに、ゲルダはくすりと微笑み、別の常連に料理を運ぶハルはほんのり笑う。
それから、つい先程まで注目の的だったウィズは、庭の景色が見える窓際にいた。
そこの二人用の席にいる…三白眼の黒い着物をきた男性からお菓子をもらって、美味しそうに床に座ってはむはむと食べている。
「うまぁああい!
このカツ丼の卵の半熟かつクリーミーな味わいがたまんねえーなぁ!」
注文したカツ丼を箸でひょいぱくひょいぱくと味わいながら感想を言う億泰。
そんな彼の向かい側に座る仗助は、康一と連休の日程を話し合っていた。
「連休中は家にいるのか?」
「うん、塾とかボリスの散歩とかあるけど、家族で遠出をする予定はないよ。
仗助君は?」
「あぁ~、俺も同じだ。
明日から二日ほどおふくろが同窓会で家空けるからのんびり過ごせるぜ」
カウンターで席を並べるいつきとソフィも、話に花を咲かせていた。
「ソフィは、今日ここに泊まるのか?」
「うん、アスベルにも許可もらったよ」
「あすべる…ってソフィの家族だか?」
「うん。いつきは帰るの?」
「村に戻って雪かきしなきゃなんねえんだ。それさ終わったらまた来るべ」
雪…そんなにいっぱいあるんだ、とソフィはうわぁ…と目をパチクリさせる。
力仕事だから、時間と根気がいるべといつきは腕を組んで、うんうん唸りながら力説する。
「あれ? エステルのねえちゃんがいねえけど…」
話している途中で、十分前までソフィの隣に座っていたはずのエステルがいない事に、いつきが気付く。
「エステルさんは荷物を取りに部屋へ行きましたよ」
ホットミルクをテーブルにおきながら、ゲルダが彼女の疑問に親切に答えてくれた。
「そっか、エステルのねえちゃんも泊まるんだな」
「三日間ここにいるって。
そのために仕事をいっぱいしてきたって言ってたよ」
ソフィの言葉に、いつきはそりゃすげーなと感心する。
時刻は午後六時三十分…食事処はいつも以上に賑やかな客の声に彩られていた。
【当店は宿泊サービスもしております】
丁度同じ頃、テルカ・リュミレースのハルルの町にあるエステルの家に、二人の青年が足を運んでいた。
「すまない、ユーリ。
…僕が来た時にはもう出かけた後だったんだ」
金髪の騎士の青年は目を伏せて、親友にそう告げる。
その親友である黒い長髪の青年…ユーリ・ローウェルは後頭部を掻きながら、気難しげに眉を寄せた。
「…やれやれ、どこにいったんだ。お姫さんは」
【つづく】
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