【8】当店は宿泊サービスもしております
「こんにちはー!」
カランカラーン…とベルが鳴り響く。
扉が開くと同時に陽気な声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ、億泰さん」
「遅くなってすみませーんv ゲルダさん、今日も綺麗ですねぇ!」
「ふふふ、お上手ですね。
億泰さんは本日から宿泊ですね…
こちらに名前を書いてください」
カウンターにいたゲルダは、今日もテンションが高いムードメーカーの億泰に微笑みを浮かべる。
宿泊する手続きをお願いすると、彼はすぐに名簿にボールペンを走らせた。
「あ、そうそう、仗助達はどこに?」
「康一さんは二階に、仗助さんは食事処にいらっしゃいますよ」
ゲルダがそう告げると、億泰は「ありがとーございまーす!」と礼を言うとまずは仗助がいる場所へ向かった。
食事処の扉を潜り抜けると、億泰の目にある光景が飛び込んできた。
「おーい、プリンス」
「ぶぃ…?」
床にいるイーブイに、腰をかがめた仗助がちょいちょいと手招きして何やら呼びかけている。
だが、イーブイは首を傾げるのみで動こうとしない。
「茶太郎! こっちだべ!」
「ぶぃ!」
次にいつきが元気よく呼びかけた。
イーブイは彼女の方へ視線を向けて、返事をするものの座ったまま。
「タイガーフェスティバル」
「ぶぃ~」
今度は、ソフィがその名前を口にした。
イーブイは目をパチクリさせて、不思議そうにソフィを見つめてきた。
「タイガーフェスティバル、こっち…」
ソフィはもう一度同様に呼んでみると、イーブイはキョロキョロと辺りを見回し出した。
「オルセルグ、来てください」
『ぶぃ…おるせるぐって何?』
エステルが手を広げてその名を言ったすぐ後、イーブイはここで初めて人語で疑問をぶつけた。
『ぷりんすとちゃたろーとたいがーって何?
食べ物? 新しいおもちゃ?』
「違うッスよ~」
「皆で考えたお前さんの名前だべ!」
『なまえ…ぼくの?』
仗助といつきの言葉に、イーブイは驚いているようだ。
『ぼくのなまえ、いっぱい!』
「私達が言った中から一つだけ選んでください。
それが貴方の正式な名前になるんですよ」
エステルが丁寧な口調で、イーブイに名前を選んでほしいと言った。
すると、イーブイは期待に満ちた眼差しをハルに向けた。
『マスターは? マスターも名前ある!?』
「あるよ」
聞きたいかい?
ハルがそう告げると、イーブイはうん!と大きく頷く。
「――――『ウィズ』」
ウィズ…文字通り、英語の「with」からとった。
いつまでこの店にいられるか分からないイーブイ。
もしも、故郷の森に帰って離れ離れになったとしても、心はいっしょに繋がっていられるように…。
そういう意味を込めて、ハルはそれを名前にした。
「さぁ、イーブイ どの名前がいい?」
ハルが選ぶようにすすめると…
『マスター!』
イーブイは大喜びでハルの足元にとびついてきた。
どうやら、彼はハルが考えた名前が大いに気に入ったらしい。
「やっぱ、ご主人様がいいか…」
「でも、嬉しそうだべ」
「名前が決まってよかったね…ウィズ」
「『終わり良ければ総て良し』ですね」
候補を考えてくれた四人も、この結果に不満はないようだ。
「なんつーか、面白そうな事してるなぁ」
「お、億泰。意外と早かったじゃねえか」
補習が終わった親友の登場に、仗助が気付いた。
「イーブイの名前を皆で考えてたんだ」
「ちょうど今、決まったところ」
いつきとソフィがその事を教えた。
「そっかぁー、よかったな~」
億泰は笑って、イーブイ…もといウィズの頭をワシャワシャと撫で上げる。
「よし! この仔に名前ができた記念と御礼に、今日の食事処のメニューはおかわり無料にしよう」
「うぉっ! マジで!」
「ひゃっほー!」
「ハルの兄ちゃん、太っ腹だべ!」
「かにたま…かにたまがおかわりできる…」
「お心遣いありがとうございます」
ハルの粋な計らいに、その場にいる全員は感激する。
「マスター、気紛れにサービスを増やすのはやめてくれないか」
作る方の身にもなってくれ…と上司の突然の提案に、料理長のセッタは眉を顰めて眼鏡をかけ直す。
「ごめん、俺も手伝うから」
「…やれやれ、今回だけですよ」
ハルが手を合わせて小さく頼むと、セッタは肩を竦めて了承した。
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