【5.5】スーブニール
後半をわざと強調して言った。
そう、この森は実質上俺が管理している。
今世の上司…もとい魔神王から「森の守護役になれ」と直々に言われたのが十数年前。
俺の能力がこの任に適当だというのが表向きの理由だが、実際は【左遷】だ。
戦える技量はあるが、魔力は上位種の中でも大した事ないレベル。
だからといって、つまはじきにあう程の異端児ではなく、そこそこ仕事はできるちょっとした変わり者。
…それが他の同族の《俺》に対する評価だ。
「おおぅ…森の管理人さん、でしたか」
多少焦っているのか、彼女の声に動揺が滲み出ていた。
「上から、不法侵入者がいたら『問答無用で処理せよ』と言われててな。
大層な役目だが、その分好きにさせてもらってる」
さて、と話を区切ると俺は立ち上がる。
辺境とはいえ、危険区域へ足を踏み入れた人物を逃がす訳にはいかない。
どんな目的か…答え次第では侵入者をこの手にかける処断をしなくてはならない。
慎重に歩を進めていくと、その女性の背が見えた。
「逃げないのか?」
「…追いつかれる気がしました」
だから降参します、と両手をゆっくり上げた女性。
潔い判断だ…いくら逃げ足が速くても、俺は秒単位で先回りできる。
どうやら、この人物は先を読む思考があるようだ。
手を上げたままの女性と向き合う形で、俺は立った。
長身であるゆえに、白い外套を羽織った彼女は小柄に見える。
「顔を拝見させてもらう」
確認のためにそう告げると、彼女は小さく頷く。
すっ…と目深めに被っていたフードをたくし上げた。
露わになった彼女に、俺は見惚れてしまった。
フードを外した事で、弧を描いて靡くブラウン・ベージュの長い髪。
澄みきった青空を連想させるスカイブルーの瞳。
外見は19、20歳だろうか…
手で触れたら消えそうな儚さと清廉なオーラを内包する見目麗しい女性だ。
目の前に命を左右する番人がいるにも関わらず、彼女の顔は恐怖に彩られていなかった。
「…髪の毛伸びてますけど、目見えますか?」
「………」
この当時、俺は目元が隠れてるほど前髪が長く、手入れはしているが
切らずに生やし続けていたため、かなり異様な髪型だった。
彼女は、自ずと手を伸ばして指先で俺の前髪を横にずらしていく。
「…綺麗な色ですね。なつかしい…」
俺の瞳を見て、彼女は柔らかく微笑んだ。
緊張に満ちた空気は弾けるように解かれた。
代わりに、胸に陽の光を帯びた暖かい心地よさを覚えた。
「…名前は?」
「私は――――」
これが、彼女…のちの【嫁さん】との最初の出会い。
俺が辿る途方もない長い《物語》の始まりだった。
【スーブニール】
「…スター…マスター?」
ゲルダの呼びかけに、ハルはハッと我に戻った。
「ん、ああ~…ごめん。考え事してた」
「疲れているのでは?」
セッタが眼鏡を指先でかけ直しながら「体の酷使はクールじゃない」と指摘する。
「セッタさんの言う通りですよ。お休みになってください」
「あとは、僕とゲルダさんでまとめておく。
夕飯ができるまで十分な仮眠をとるように」
「…分かった。そうするよ」
休め休めと促す二人に、ハルは苦笑して部屋を退室した。
「我ながら、いい従業員に恵まれたな…」
二人の気遣いに内心感謝しながら、ハルは自室へ向かう。
その途中、窓から外の様子を眺める…相変わらず雨の勢いはとまりそうにない。
心なしかざわりと胸が騒ぐ。
この形容しがたい症状を、ハルは何度も経験している。
彼の症状の後に、大小関わらず日常をひっくり返す出来事が発生してしまうのだ
…30%の確率で。
「…気の所為だといいが」
胸を軽く擦りながら、ハルは眉を潜めて不安を打ち消すよう呟く。
しかし、彼の言葉に反発するように、貸本屋の従業員と固定客を震撼させるハプニングが起きてしまう。
…それは、ずっと後の話。
【つづく】
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