【4】軍神のお気に入り


「この本の作者は癖がある…どんな登場人物でも、流れ次第でバッサリ退場させるんだ」


ハル曰く、この書物を執筆した者は小説好きな読者の間では〝ある意味”有名な人物らしい。

物語の展開次第では、準主役…主人公の仲間や親しい人物、恋人さえもためらわずに物語から退かせる手法を取る。

そのやり方には賛否両論は勿論あり、ハルはやや反対派との事だ。


「…噺とは作者の心次第で決まるもの。

されど、読み手の思いにそうとは限らない。難しい線引きですね」


絶賛されるものもあれば、不評だと突きつけられる作品もある。

作り手と読み手、どちらかの匙加減次第で、物語の評価は大きく変動してしまう。


「ハル殿、この小説の続編と…その作者の他の作品も紹介してくださいますか?」


けれど、謙信はそれもまた物語に不可欠な要素なのだと考える。

続編も含めて、その噂の作者の別作品も見たい衝動に駆られた。


「もちろん。いくつかおすすめするよ」


突然の客からの要望にも、ハルは明るい表情で答えてくれる。


(不思議です…ハル殿をみていると『彼女』を思い出す)


時々、彼の纏う雰囲気がどことなく親しい【ある人物】を連想させる。

困っている人にさりげなく手を差し伸べたり…

旅をする事や人と交流する事が好きなところ。

…どことなく知己と似ている貸本屋の店主。



(フフッ、だからでしょうかね)


1年、この店に通い続けていても全く飽きがこない。

その理由は、謙信の興味がある書物が数多にあるだけではない。

お勧めの作品について語る店主に向ける謙信の目は優しさが溢れている。

彼と話をしていると、陽だまりのような心地よさを覚えてしまう。

縁側で気持ちよさげに昼寝をする猫の気分とはこんな感じなのかもしれない。


(そして日向は…ハル殿)


謙信は気付いている。

この貸本屋に訪れる常連は、少なからずハルの人柄に惹かれている事を…。


…彼と親しくなった者

…彼の謎に包まれた過去を解き明かしたい者

…彼と全力で戦いたい者

…彼に救われた者


どんな事情であっても、ハルは貸本屋の規定を破らない、迷惑をかけない人物であれば、受け入れる許容の主だ。

もしこの先、彼に害をなす人物が現れるとしたら…?

それこそ、彼を慕う常連が許さないだろう。


(かくいう、私も同じ気持ち)


一度味わった、心地よい温もりを奪われたくない…お気に入りの場所なら尚更である。

ハルは果たしてそれを理解しているのだろうか?

…己がどれだけ多くの人に影響を与えているのか、を。




【軍神のお気に入り】




「おっ、もう正午か。お昼どうする?」


壁に設置された時計を見たハルが尋ねてきた。


「そうですね…いただきましょうか」


謙信は顎に手を添えて少し思案して、昼食をとる事にした。

部屋から出たその刹那、ゲルダが急ぎ足でやってきた。


「どうした? ゲルダさん」

「マスター…緊急です。扉(ゲート)が開きました!」


その報告を聞いたハルは真面目な顔つきへ切り替わり、分かった…と頷くとゲルダと共に一階へ降りていく。


(…また、違う世界の民が迷い込みましたか)


3週間前にも、エステルが同じ理由でこの貸本屋へ訪れたのを思い出した謙信。

常連の1人である、太公望が以前教えてくれた事だが、この店に繋がる空間は、

ランダムに星の大海にある世界のどこかへ出没してしまう。


かつて、此処に訪れた1人の女魔導士が原因らしいが、ハルに迷惑をかけているにも関わらず、

謝罪どころか問題を放置しているとの事だ。

なんと、厚顔無恥な人物だろうか…。


だが、同時にその女性がいなければ、謙信は一生この店を知る事なく、ハルとも出逢わなかっただろう。

その事で微妙な気持ちを覚えてしまうが、この問題は当人同士でしか解決できないため、敢えて深く追及するのをやめた。


謙信は、また別の話題に関心を抱いた。

今回、彷徨いこんだのはどんな人なのだろう?

少し遅れて、一階の階段を降りていくと…


「ふわぁー…でっけぇ、屋敷だべぇ!!」


感嘆交じりに声をあげる少女がいた。

ゲルダに背中を優しく押されて、入店してきた少女はキョロキョロと貸本屋の店内を見回している。


「ようこそ、貸本屋【双月文庫】へ」


屈んで少女と目を合わせているハル。

一階にいる常連の面々の視線も、その少女へ集中している。

階段の途中で足を止めていた謙信は「おや…」と目を細める。


左右に三つ編みにした銀髪。

袖のない服装とミニスカート(その下にスパッツ)の上から雪国伝統の防寒具を纏った10代前半の小柄な女の子。

すると、その少女の目が階段付近にいる謙信を捉えるや、あー!と驚いた顔になる。


「軍神のにいちゃん!」

「…いつき殿ではないですか」


互いに呼び合う二人に、その場にいた常連が「えっ」と固まったり、視線を彷徨わせたり、仰天している。

なんと…迷い込んだ少女は、謙信の顔見知りであった。





【つづく】

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