【4】軍神のお気に入り
「どうだい? この新作は…」
「うん、すごくいいよ…
多分、これまで君が作ってきた封印術具の中でも一番、効果がでている」
二階の奥にある机で店長のハルは歓談していた。
その相手は、対面に座る黒髪の青年。
この貸本屋に定期的に顔を出す常連の1人だ。
謙信は時々顔を合わせる事もあるが、挨拶程度で直に話した事はない。
「君の事をアルバレスにいる“12”にも話した事があるんだ。
特に、インベルとアジィールが関心を持ってる」
「おいおい、買いかぶりすぎだろ」
まだ階段付近にいる謙信の距離から、彼等の会話が聞こえてくる。
内容は、青年のプライベートに触れているようだ。
(…時間をおきましょうか)
情報を迅速に掴み取るのは戦において必要不可欠なモノ。
だが、此処は戦場ではなく、多種多様な異国人が集う異世界の貸本屋。
謙信もこの店では武将ではなく、一客人として訪れている身だ。
それゆえに、他人の私事に関わる話を盗み聞きするのは礼儀に反する行為。
謙信は、空気を読み取ってハル達が話が終わるまで、別の部屋へ待つ事にした。
*** ***** ***
右側の通路を進んでいき、二階の児童文学書の部屋に目が止まる。
普段は見ないジャンルもたまには読んでみよう…そんな好奇心から扉を開けた。
「ほぅ…なんとも愛らしき造形でしょうか」
この部屋は子ども専用に作られたのか、他の部屋と比較して内装が可愛らしい。
青空と白い雲を連想させる壁紙。
ネコや犬、クマのぬいぐるみ、積み木などの遊び道具が充実している。
そして、子どもが安全に書物をとられるように、此処の本棚は背が低い。
本棚に収められている児童書の背表紙を興味深そうに見ていく。
「――――【だれもいない町】」
なんとも意味深げなタイトルの絵本だ。
表紙は、桃色のウサギの女の子が描かれている。
謙信は、その絵本を開いて読みだす。
《その町には誰もいなかったの。
お家もあるし窓から明かりも見える。
でも道には誰もいない。窓から中をのぞいてみた。
ヒトがいた。でもアレと一緒だった。
ほかの家もみた。やっぱりアレと一緒だった。
この町もほかの町とおなじだった。
アレと一緒は楽しいから、ヒトと一緒より楽しいから
みんなはもう外には出てこない。
この町には誰もいない。アタシは旅に出る。
ほかの町に行ってみる。誰かがアタシを見つけてくれるといいと思う。
――――『アタシだけのヒト』が。
でも『アタシだけのヒト』がアタシだけを好きになってくれたら、
それがアタシだけのヒトとアタシのお別れの時だ。
それでもアタシは『アタシだけのヒト』に会いたい。
そう思いながらアタシは今日も誰もいない町を行く。》
一通り読み終えて頁を閉じた。
(ふむ…難しい、かつ奥深い内容ですね)
物語はシンプルで、ウサギの女の子が自分を好きになってくれる人を探す旅にでる…という内容だ。
しかし、その背景が複雑だと感じた。
…登場するヒトや『アレ』という存在。
…ウサギの女の子が『アレ』に抱く感情。
設定を敢えて詳しく書かずに、読み手側の想像力に任せている。
この話はウサギの女の子が旅に出るところで終わっている。
つまり、これは序章(プロローグ)にあたるもの…。
(つづきは…あるようですね)
幸い、この絵本はシリーズ化されていた。
最初の一冊を戻して、二冊目を読もうと手を伸ばしたその時――――
「景虎さん、おはよう」
「おや…先程の方とのお話はもう済まれたのですか?」
「一応な。待たせてしまってすまない」
ハルが入室してきた。
正座していた謙信は、持っていた風呂敷を広げると2冊の分厚い小説が姿を見せる。
「こちらの異国の歴史小説を返却しにまいりました」
「感想はいかがでしたか?」
「簡潔に言えば、良い点は物語の設定と主人公の肉体的・精神的な成長ぶりが共感できましたね」
「その逆は?」
「第2部以降になってから、登場人物が一気に退場してしまった事です。
一人一人愛着のあった人物もいたのに…さびしいものです」
素直な感想を口にする謙信に、ハルは「あー、分かる」と同調して頷く。
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