【4】軍神のお気に入り


とある世界に位置する島国――――日ノ本

この国はかつて、未曽有の危機に瀕していた。


発端は、とある異世界の死霊使いの策略によって…

この国に居を置いていた導き神が殺められてしまった事。


導き神喪失の影響により、各地で日照りや水害、未知なる疾病が蔓延。

もともと、天下統一を目指してあらゆる諸侯が争いを続けていた群雄割拠の時代。

度重なる争いもあいまって、これらの要因が重なり合った事により、多くの民衆の心に影を落とした。

導き神が崩御しても、次代の頂点に立つ神の選出に困難を極めた事で、この世界のバランスは崩壊の一途を続け、

危うく消滅する寸前だった。



その危機を救ったのが…光翼の生えた天上界の者達。

彼等は『エクレシア』と呼ばれる特殊な神族だった。

元凶とされた死霊使いを撃退し、さらに新たなる導き神を選出させた事で、この世界は救われた。


その後、彼等は都から離れた山中に神社を設けた。

次の次の代で後継者になりうるだろう神木の芽を守護する目的のために…。

彼等の中の一人…生前はこの世界の出身者であった…若き女子のエクレシアがその神社の責任者として住まいを構えているのは、

多くの武将が認知している事。


余談であるが、彼の者と親しい友人や恋心を抱く一部の武将が時間があれば神社へ足を運んでいる。

越後の軍神…上杉謙信もその中の一人だったりする。



*** ***** ***



「つるぎよ、おりますか?」


ここは越後、彼の軍神――――上杉謙信が統治する国。


「謙信様、お呼びでしょうか」


彼の自室の天井から颯爽と降りてきたのは、グラマラスな露出度の高い服装の女性。

名は「かすが」

主である謙信の敬愛し、仕えているくノ一である。

背後で忠誠の姿勢を取るかすがに、謙信は緩やかに口角を上げる。


「この文を加奈殿に届ける命を授けます。お願いしますよ」


加奈とは――――越後から非常に距離のある場所にある神社の責任者の名前。

エクレシアの中でも二番目に若い年齢だが、実力は高い女子である。

謙信は、例の事件の終結以降、加奈とは文通友達となった。

月に二度は文を記し、信頼できる部下に託して送っている。


「今年は松茸が豊作でした。文と共に手土産としておくりましょう」

「はい、加奈も喜ぶはずです!」


謙信の提案に、かすがも大いに賛同する。

かすがにとって、加奈は謙信と同じく特別な人物である。

加奈とは、彼女の生前の頃からの付き合いであり、実の妹のように可愛がっていた。

彼女がエクレシアに成って以降も、それは変わらず。

それこそ、甲斐の武田信玄に仕える真田幸村の部下、猿飛佐助と張り合う形で、

加奈のいる神社へ向かう回数は多い方だ。


謙信は、必ずこの役目をかすがに任せる。

そこには、謙信なりの可愛い部下に対する思いやりの念が込められている。


「あなたの加奈殿を慈しむ清き思い、とても美しき事です」

「ああっ…ああっ~! 謙信様…!!」


謙信はかすがの手を包み込むように握りしめ、美しい顔に柔和な笑みを浮かべ、凛とした声音を耳元で囁く。

かすがは感激のあまり、うっとりと謙信の美しさに酔いしれてしまう。

周囲に青と白の薔薇が咲き乱れ、暫しの間2人の世界が出来上がった。



そして、5分後――――


「では、行って参ります」

「加奈殿によろしくお伝えください」


出かける挨拶をして瞬時に姿を消したかすが。

腹心の部下が旅立ったのを確認すると、謙信の視線は机の真ん中に開かれている書物に向かう。


「…この書を返す日が近くなりました」


謙信が熟読していたこの書物は、ある店で借りた物だ。

その店では、謙信の城にある書庫とは比べ物にならない程の多種多様な書物が並べられている。

謙信の住む日ノ本にはない異国の文献やこの世界には存在しない貴重な書まで…

ありとあらゆるジャンルを取り扱っている不可思議な店。


「そういえば…店主が近々この書の新しき噺を入荷すると仰っていましたね」


ふわりと煙のように記憶が浮かび上がる。

謙信はクスッと笑みを零すと、パタンと書物の頁を閉じた。

徐に立ち上がると、優雅な足取りで自室を出ていった。





30分後…城の裏口から1人の青年が出てきた。

艶やかな黒い長髪を後ろに纏めており、さる国の姫君と見間違えそうなくらいの中性的で麗しい顔立ち。


(おや、木々の葉が色づいておりますね…)


何を隠そう…その青年は、謙信その人だ。

普段の白を基調とした衣装から、配下の者が普段が愛用している服装…

派手すぎず地味すぎない着物と袴へ着替えた。



城に仕えている、それこそ身近にいる側近や配下でなければ、彼が一国の主だと思わないだろう。

…美しい顔立ちと高貴なオーラだけは隠せないため、身分の高い御仁とは庶民でも勘付くだろうが。


謙信は慣れた足取りで、城の裏にある馬小屋へいく。

愛馬に乗って、一走りしに行く訳ではない。


「おや、と…いえ景虎殿。今日はいい天気ですな」


馬の世話をする中年の男性が話しかけてきた。

彼は、まだ謙信が城主となる前から付き合いがあり、戦や二人きりの時はフランクな口調で話し合える仲だ。


「確かに…絶好の散歩日和です」

「今日は【あちら】へ行かれる予定ですか?」

「夕刻までには戻りますよ。他の者にもそう伝えなさい」

「御意。ごゆっくり…」


中年の男性は愛嬌のある笑みを浮かべ、謙信の命令を了承すると、奥へ進んでいく謙信を見送った。


「さて、参りましょうか」


馬小屋の一番奥…入り口から死角となっている場所の木製の壁を前にして、謙信は予め持参していた【あるモノ】を取り出す。

二つの三日月が背中合わせに組み合わさった装飾品がついた銀色の鍵。

この時代…いやこの世界の日ノ本では見られないだろうそれは、謙信をあの店へ誘うための道具。


謙信が鍵を壁に向けると、一筋の光が壁一面を純白の眩い光で彩る。

光が収まると、頑丈そうな檜色の扉が壁に元からあるように出現した。


「ふふっ、いつみても飽きませんね。この魔法は」


謙信は鈍色のドアノブを押して、きぃ…と開いた扉を通った。




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