【3】常連さんの一日
ボーンボーン…
食事処の大きな古時計が鳴り響く。
何時の間にか、時刻は午後7時となっていた。
「夕飯のメニューを決めていただけますか?」
セッタがさりげなく献立表を広げてくれる。
「ま、続きは夕餉の後だ」
太公望はそう呟くと、ウキウキと今日の夕食のおすすめメニューに視線を落とした。
夕食後、1時間程度の談話をし終えると、太公望は席を立って、店の外へ向かった。
「時間が経つのは早いもんじゃ…」
「次はいつ来る?」
「…2,3日くらいあっちで過ごす。
久々に『あやつ』を誘って仙桃の酒をたらふく飲ませてやる予定でな」
ふふっ…と愉快そうに笑う太公望。
彼なりのやり方で、親友の本音を聞き出す作戦に出るようだ。
「飲酒もいいけど、程々にな」
「お主もな…寝不足にならんよう睡眠はとっておけ」
互いにそう忠告しあうと、太公望は踵を返して屋敷の門の鍵穴に、
所持している鍵を向けた。鍵から一筋の光が放たれ、それが鍵穴に直撃する。
きぃ…と鉄製の門が開かれると、そこに広がるのは緑黄色で彩られる異空間。
そこから真っ直ぐ伸びている白い一本道へ一歩ずつ足を進めていく太公望。
「またのご来店、お待ちしています」
小さく手を振り、見送るハル。
視線を一瞬だけ後ろへ向けると、太公望はヒラヒラと手を振り、元の世界へ帰宅した。
【常連さんの一日】
故郷の世界に帰還すると、太公望は真っ先にある場所へ向かった。
崩壊してしまった第2の故郷の代わりに…後に出来た『神界』と呼ばれる場所へ。
最終決戦後、仙道は人間界へ干渉する事がなくなり、生き残った者達は神界へ住むようになった。
「…そう、そうじゃ…その日こっちへ来い。
久しぶりに酒を酌み交わそうではないか」
桃がたわわに実る果樹園の一角で、太公望はシートを広げて自分の寛げるスペースを独断で作った。
そこに横になって、携帯を耳に押し当てながら親友…普賢真人と会う約束を取り付けていた。
『珍しいね、望ちゃんから誘うなんて…』
「ワシとて、たまには昔馴染みと飲みたくなる時だってあるわい。
で、どーなんじゃ?」
『いいよ。折角の同窓会だから美味しい物を持っていくよ』
「【胡麻団子】は必須だぞ?」
『ふふっ、腕によりをかけてつくるね。じゃあね』
プッと連絡が途切れると、太公望は携帯を懐へしまう。
突然の申し出にも、普賢はいつものペースを崩す事無く穏やかに了承した。
一歩踏み出せば、周りにその身にとびかかろうと隠れ潜む野獣共に目をつけられているというのに…
それすら、どこ吹く風という調子だ。
「…ま、あやつの事だし、その点は問題ないだろう」
普賢が単純な善人ではなく、あの師ですら欺く程のしたたかさを併せ持つ人物なのは、太公望本人がよく知っている。
仮に、普賢やその仲間である者達でも対処が困難な時…窮地になれば、それとなく自分が陰で手助けしてやればいいだけの事。
「まったく…お人好しな幼馴染を持つと苦労するわい」
《――――アナタも人の事は言えないわよん》
耳元に聞こえてくる艶のある女性の声音。
ぴくっと反応した太公望は眉を潜めて上半身を起こす。
「…心配するなんて、なーに企んどるんだか」
時折、聞こえてくるその声の主。
彼の者が…誰かなのか、太公望は察していた。
その人物は、女禍の巻き添えを覚悟して消滅しかかった際に、
彼を救った張本人。
従順な配下だと装い、真のラスボスさえも欺き、最後の最後まで、太公望が勝つことができなかった…美しき仙女。
そして、女禍の肉体を乗っ取り、最終的に太公望の故郷であるこの星と一体化した
―――現在の【導き神】
《わらわはマザーだもの。
いつだって、アナタの事を見守ってるわん
…太公望ちゃん》
我が子を抱いて慈しむように、暖かな風が太公望を通り過ぎていく。
「…勘弁してくれ。
お主に振り回されるのはもうたくさんだからな
――――『妲己』」
そう言いつつも、空を見上げる太公望は自ずと目元を和らげていた。
【つづく】
・
