【3】常連さんの一日


「親しい友人であっても、家族であっても…恋人でも、その人の気持ちはその人にしか分からないものさ。

じゃあ、他人の気持ちを理解するには、自分の本音を包み隠さずにぶつけるしかない。

そうしないと、相手の心を開けない時だってあるんだ」



ハルは真面目な顔でそう告げる。


「…確かに。ここのところ、あやつとはあんまり話とらんかった」


頬杖をついて、太公望はここ数年の間の出来事を振り返る。

親友は、太公望と前と変わらず接している。

けれども、仙籍を抜いて、別の神界に所属するようになり、同じ種族…エクレシアの友人ができて、

それが古い付き合いのある者達との距離感を生みつつあるようだ。



「多分、その親友さんは古い付き合いを捨てる事はしないよ。…よほどの事がない限りは」

「縁起でもない事言うな。もしそんな事になったらどうしてくれる?」


「そうならないよう、望さんが頑張ればいい。

――――お得意の頭脳を駆使して、ね」



ほんのり笑ってそう助言するハル。

他人事と思うて…と悪態をつきながらも、太公望はくくっと喉を鳴らして笑う。

ハルの言葉は、不快な気持ちにならない。

この男の人柄がそうさせているのだろう。

不思議と、他者の心を安定させるオーラを纏っている。


(そういや、こやつ…初対面の時もこんな感じで笑っとったな)



*** ***** ***



――――あの女禍との最終決戦…

太公望は己の持つ力を思う存分解放した。

強化した宝貝で…仲間達のサポートも…そして封神された仙道や人間、あらゆる人々の力を借りて。


強化された太公望は、女禍との死闘の末…ようやく彼女を倒す事に成功した。

しかし、ボロボロとメッキがはがれる様に肉体が消えゆく女禍は最後の悪あがきをした。


『お前も…いっしょに…』


太公望を手を強く掴み、道連れにしようしたのだ。

この時、太公望は抵抗しなかった。

生への執着は何故か湧かなかった。


途方ない長い時を経て、ようやく自分の計画を達成できた満足感からだろうか…。

仲間達が必死に助けようとする姿を穏やかに見つめながら、

太公望は静かに目を閉じて消滅を受け入れようとした…

…のだが…


『本当にそれでいいのん?』


耳元に聞こえてくる声。

最後の最後まで勝てなかった【あの人物】の…



『お、目覚めましたか』


意識が浮上した時、太公望の眼前に映し出したのは澄み切った青空と…一人の男だった。

その人物が…進藤 ハルだった。

彼曰はく、この場所は自らの住まい兼貸本屋であるとの事。

時刻は早朝で、定期購読している新聞(この世界の情報伝達手段のひとつ)をポストから取り出しにきたら、

太公望が閉じられた門前に仰向けに寝転がっていたのを目撃した。


脈があったので揺さぶったら、すぐに目覚めてくれた…と安堵交じりの彼の微笑は、太公望の心をじんわりと癒した。

これも何かの縁だと、屋敷に客人として招いてくれたのは正直渡りに船だった。


それから、太公望は屋敷へ迷い込む直前まで何をしていたのか包み隠さずに

話していき、ハルもこの世界の事を説明してくれた。


情報交換して総合した結論から…

太公望は初めて異世界トリップした事を認識したのだ。


太公望は思った。

一度は消滅を望んだものの、生き残ってしまった。

これから先、見知らぬ世界で何をすればいい?


『時間があるなら、試しに此処で生活してみなよ。

俺は一人暮らしだし…丁度話し相手がほしかったところでね』


壮大な目標を達成した反動で、喪失感に苛まれていた太公望に生きる活力を与えたのも、ハルだった。

こやつ、彷徨いこんだ見ず知らずの異世界人を保護するなんて、かなりお人好しな性格だ…と当時も現在でもそう思う。

同時に、最初に自分を見つけてくれたのがハルでよかった…と感じる自分がいる。

でなければ、こんな生きる楽しさと充実感を味わえなかった。


10年前のあの日の出会いが…

太公望の第3の人生を歩むきっかけをつくったのだから。




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