【3】常連さんの一日
「…さん、望さん!」
夢から現へ引き戻された。
開かれた両目に映し出されるのは、店長のハル。
「んあッ…なんじゃ?」
「昼飯の準備できたから呼びに来た…もう3時過ぎてるぞ。
この調子じゃ夕飯まで爆睡一直線だったから起こさせてもらった」
大抵は午後1時前後に目覚めるのに、今日はやけに眠りが深かったようだ。
その事を指摘され、太公望はぼやーとしながらも「それはすまないな」と軽く謝罪した。
「俺もこれから食べるんだ…‟いろいろ”と話したい事もあるし」
「…分かった。ふぁー…」
ハルが意味深げな事を口にすると、太公望は一瞬だけ目を細めるも
すぐに盛大な欠伸をして椅子から立ち上がった。
『食事処』へ訪れた2人。
時間的な事もあり、この空間にいるのはハルと太公望、キッチンで調理中のセッタしかいない。
「随分と眠ってたけど、夢でも見てた?」
ハルがからかう口調で尋ねると、太公望はひゃっひゃっ…と笑いながら
「さあのう~」とはぐらかした。
今までの人生のダイジェストを見ていた…なんて正直に答えるつもりは毛頭ない。
それに、大体の素性はハルにはバレているため、伝えたとしても面白味を欠くものだろう。
「お待たせしました。
本日のおすすめメニュー…豆腐ハンバーグのトマトソースがけです」
タイミングよく、セッタが注文したメニューを太公望の前に置いた。
「おおぉ~、これじゃこれこれ…」
仙道であるがゆえに、肉や魚といった生臭な食品は摂取できない。
食べられるモノは限定されてしまうが、ココではハルの計らいで豆や野菜中心の特別メニューを
つくってもらえるため、太公望はとても助かっている。
ナイフとフォークで切り分けていき、一口をそのまま口に入れる。
むぐむぐと美味しそうに咀嚼する太公望。
隣にいるハルはというと…山菜蕎麦を気持ちよさそうに啜っている。
彼の食べ方は、とても綺麗だ。
箸の使い方は勿論の事、真っ直ぐに姿勢を伸ばして、途中で麺を噛み切る事無く、一口で収まるように呑みこんでいる。
「前から思っとったが…お主、行儀作法が良いのう」
「長年、色んなタイプの人間と交流してたからそのおかげだよ」
蕎麦を食べ終えたハルはさらりとそう返した。
『長年』…ハルのいうその言葉は、どのくらいの年月を指すのだろう?
少なくとも、見目は20代半ばの青年だが…実際の年齢は不明だ。
太公望は、自身よりも年齢は上だとみている。
ハルの事だから尋ねたら教えてくれるだろうが、無理強いさせてまで(緊急時を除く)
秘密を聞き出す趣味は太公望にはない。
「ところで…そっちの『情勢』はどうなってる?」
「そうじゃのー…」
今日のメインも食べ終えたところで、ハルは太公望と話し出した。
他人が聴けば、他愛もない世間話だが…
ある『特定の人々』には聞き逃せない価値のある特ダネに等しい。
太公望は、世界の理を知る者。
さらに、星の大海に位置する世界の動きを掴める情報屋でもある。
もっとも、その情報源は親友が『エクレシア』という特殊な種族であり、
彼と接触するたびに貴重な仙桃と引き換えに引き出しているからだが…。
それでも、ハルのように星の大海の世界の情勢を少しでも把握したい者にとったら、
太公望のような仲介役は有難い存在だ。
「最近、物騒な盗賊団が魔術師の試作品を盗んで、各世界を徘徊しとるようだ。
友人が言うには少人数じゃが頭の回る奴らばかりらしい」
「…なるほど、こっちも念の為にセキュリティを強化しておこう」
ハルは、この店を好きな時に使用する事を対価にして、太公望から情報をもらう契約をしている。
自由にあらゆるジャンルの文献を読めるうえに、三食・入浴つきの宿泊権を得られたのは、太公望にとってもラッキーな事だ。
好待遇な条件をあげられ、即座に二つ返事で受け入れたのが記憶に新しい。
「ワシの友人…その盗賊団に属する娘に狙われとるのに、茶飲み仲間として接しとる」
「へぇー…」
「普賢の奴、何考えとるのやら…」
だんだん私的な話題も混ざってきた。
太公望の最近の悩みは、親友である普賢真人がやたらと敵である盗賊団の娘と距離を縮めようとしている事。
単純に更生させる目的…というよりも、その娘に興味を持っている感じだ。
「その娘さんはどう思ってるのかな?」
「さあのう、少なくとも初対面の時よりかは攻撃性は薄らいでるが…」
正直、エクレシアになって以降の親友は少しずつ変化が生じてきた。
急激ではなく、緩やかにその兆候が信号が点滅するように顔を出したり隠れたりしている。
嫌な方向ではないけれども、そこに潜む流れる渦のような心の波に一抹の不安を感じてしまう。
「なら、その気持ちを伝えたらいい」
そんな太公望の気持ちを先読みしたかのように、ハルはそう答えた。
・
