【38】訳ありのアルバイト志願者(2)


「それではこちらにサインをお願いします」

(マスター……大事件です…!)



内心、戦慄のツイートをしているゲルダはそれを表に出さずににこやかに新規の顧客に名簿を差し出した。

「はーい」と銀髪の少年は軽く返事すると、さらさらと名簿に名前を記入した。



―――『Estarossa(エスタロッサ)』



その名前を目にしたゲルダは、目眩がしそうになった。

実際は顔を見た瞬間から、もう予感していた。


(十戒の一人…【慈愛】のエスタロッサ)


魔神王の二番の実子であり、次期魔神王候補の一人であったにも関わらず、自ら継承権を放棄した変わり者。

そして、ゲルダの恋人であった…【彼】の兄の一人。



(私の記憶にある姿と違うのは…どういう事かしら)


直接会った事はないが、ゲルダは戦場でエスタロッサを何度か目撃した事はある。

しかし、その当時の彼の容姿は二十代の青年であった。

視界に映る姿は十代前半の少年であるが、その身に宿る魔力は間違いなくあの時と同じ。

経緯は不明だが、封印されている間に変身する術を身に着けた可能性は高そうだ。



「お客様は、どのようにして当店をお知りになりましたか?」


「なか…友達の一人が教えてくれた。

それから興味が増してきて此処に来たんだ」


「そうでしたか…」



その友達とは、間違いなくドロールの事だろう。

当の本人も店内にいるが、エスタロッサが此処に来た事と何か関係があるのだろうか?


「コナン君は、こちらの方と友達なのかしら?」

「ううん。さっき、お店の外で初めて会っていっしょに入ってきただけだよ」


共に来店したコナンにさりげなく質問してみると、コナンは首を横に振って否定した。

うん、なんとなくそうじゃないかと思った…とゲルダの予想は当たった。


「ゲルダさん。今日、店長さんはいる?」


コナンの口から出た質問に、ゲルダの心臓はキュッとなった。

質問に答えるのは構わない。

問題は…傍にエスタロッサがいる事だ。



「今、別の部屋でお客様と話をしている最中なの。

時間がかかるかもしれないわ」



遭遇する確率を減らすために、ゲルダは頭を働かせて「来客中である」と告げた。


「そうなんだ…どのくらいかかりそう?」

「ごめんなさい、私にも分からないの」


微苦笑してコナンに謝りながらも、ゲルダはエスタロッサの様子をこっそり観察する。

あちらこちらと店内に視線を巡らせている。

その目は、探求心に満ちた子どものような純粋なものではない。

敵陣内を注意深く探ろうとする間者のような…鋭利な光を宿していた。


「…? ねぇ、エスタロッサお兄ちゃん」

「…ん、なんだ?」


コナンが不思議そうに声をかけると、エスタロッサは愛想よく笑みを浮かべた。

なかなかの演技派だ、とゲルダは感心する。



「僕は二階に行こうと思うんだ。お兄ちゃんはどうするの?」

「あぁ~…そうだな、一階の本棚を見て回ろうかな」

「そう、じゃあ此処でお別れだね」


「おぅ、またな。

先に帰ってもいいから、遅くならないようにしろよ」


「うん、ありがとう…(なんか気になる言い方だな…というか、また会う事前提なのかよ)」



心の中で軽くツッコみを入れつつ、コナンは二階へ向かった。

その姿を見送ると、エスタロッサの視線はゲルダへ移った。


「ご案内をいたしましょうか?」

「いや、自分で回りたいからミニマップだけでいいよ」


そう言って、エスタロッサは置いてあるミニマップの用紙を指先で摘まむとそのまま奥へ歩を進めていく。

少年の姿が見えなくなるのを見計らい、ゲルダは足早に階段を昇っていった。





【訳ありのアルバイト志願者(2)】





上の階へ急ぐゲルダの様子を…エスタロッサは本棚に隠れて見ていた。


「あの女…吸血鬼族の生き残りか」


店に入ってゲルダを目にした時、エスタロッサは彼女の正体に気付いた。

大昔に戦場で、同様の魔力をたびたび感知した事があったからだ。


さてさてさーて、面白い事になってきた。

どうやら、この店の主は今までのヴァイスハルトの血族以上に心を引き付ける存在のようだ。

ワクワクしながら、エスタロッサは上へ行こうとした…



「待ちなさい」


だが、ある人物に腕を掴まれてしまって阻止されてしまう。

大いに眉を寄せて、エスタロッサは不満たっぷりな顔をその人物へ向ける。


「なんだよ、ドロール…邪魔すんな」

「お断りいたします」


エスタロッサの文句と漂う殺気に怯む事なく、ドロールは毅然とした態度で否と返す。


「はーなーせーよー!」

「ダメです。こちらに来てください」


よりにもよって、厄介な奴が来てしまった。

ドロールは盛大に溜息をつくと、ブーたれる仲間を引き摺りながら人目のつかない場所へ向かった。





【つづく】

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