【37】訳ありのアルバイト志願者(1)
(今週、履歴書ともうひとつの用事に関する資料を送る…って鯉さんが言ってたな)
約一週間前の事を思い出しながら、ハルは一階のカウンターで本のリストをまとめていた。
縁の面接に関しては、今週辺りに履歴書を郵便で送ってくれる事となった。
それと別件も頼まれたのだが…
その詳細が記載された資料も後日こちらへ届く予定である。
「いらっしゃいませ」
「ハルさん、こんにちは」
長い連休も終わり、ハルは通常の業務に戻った。
常連客の方は変わりなく、店に通ってくれている。
ハルが不在にしていた一週間の出来事は、ゲルダやセッタ、常連客の太公望から聞いた。
常連客の一人が他の顧客から強くリクエストされて、昔話を語る面白い展開があったらしい。
『すみません。話の流れからハルさんの事を話してしまいました』
三日前に、その語り部であったイルカが事情を語った上で謝罪してきた。
いずれ何らかの形で、家族の件は誰かに話すかもしれないと思っていたので、
特に問題ないと伝えておいた。
(…今日も来ているな)
本日は木曜日…ドロールがいつも通りやってきた。
グロキシニアは同行しておらず、単独のようだ。
「いらっしゃいませ」
「…失礼いたします」
いつものように挨拶をすると、ドロールも挨拶を返して二階へ向かった。
(今のところは変わった点はなし、と)
彼は相変わらず、ハル自身に積極的に話しかける様子はない。
静かに探りを入れているのか…
それとも、ただこちら側がアクションをするのを待っている?
(こういう時は…余計な動きをしないに限る)
様子見を継続していくか、とハルが脳内で結論を出したその時…
カラン、カラーン
呼び鈴が鳴り響いたので、自ずと入り口の扉へ視線を向けた。
「いらっしゃいませ…」
挨拶しながら視界に入った人物に、ハルは目を微かに瞬きさせる。
「すみません。オーナーの進藤様はいらっしゃいますか?」
訪れた人物は、長い黒髪と藤色の瞳が特徴的な女子だ。
学生鞄を両手で持ち、この辺りの学校では見かけないブレザーの制服を着ている。
「はい、私ですが…」
「お初にお目にかかります。私、山吹 縁と申します」
なんと…!
ハルは内心驚いた。
よもや、履歴書より前に面接の対象者がやってくるとは思いもしなかった。
「貴女が縁さんですね。鯉さんからお話は聞いています」
「はい。父がいつもお世話になっております」
礼儀正しく、縁は頭を下げる。
言動や何気ない仕草が上品で、傍から見ても良家の御令嬢という雰囲気を醸し出している。
「ところで、何故こちらに来たんですか?」
「突然の訪問、申し訳ございません。
父からこちらを預かり、届けに参りました」
縁は持っていた鞄から大きな茶封筒を取り出すと、両手でそれをハルへ渡した。
なるほど…別件は一般的な方法では渡せない内容みたいだ。
わざわざ身内に持たせたのは、無事に届けられるだけの実力が娘にあるから…だろうか?
(深読みすべきか否か…)
「あの~…進藤様」
思考している最中、縁が話しかけてきた。
おっと、これはいけない。
推察は後回しにしよう。
「すみません、なんでしょう?」
「お店の…本を見てもいいですか?」
縁からの申し出に、ハルは微笑して「いいですよ」と了承した。
「よければ、各フロアを案内しましょうか?」
「はい、よろしくお願いいたします!」
店内を見渡す縁は瞳をキラキラと輝かせながら、好奇心を隠せないでいるようだ。
そういうところが微笑ましいな…とハルは思いつつ、一階のフロアの説明をしていく。
「マスター、お客様ですか?」
ちょうど、階段からゲルダが降りてきた。
「ああ、フロアを案内する事になったから此処を頼むよ」
「かしこまりました」
受付をゲルダに任せて、ハルは縁を連れて二階へ向かった。
(見かけない人ね。【表】から来たみたいだけれど…)
新規の顧客だろうか…と思いながら、ゲルダは受付の椅子に腰かける。
先程、二階の窓から外を眺めたら曇り空だった。
(雨は降るかしら…)
雨は嫌いではないが、特段に好きという訳ではない。
庭の水やりをせずに済むのは有難いと思うものの、あまり続くと厄介だ。
(あらっ…?)
仕事の事をあれこれ考えていたその時、店の外にいる気配を感知した。
常連客の誰かだろうか…いや、違う。
(ひとり、いえ…二人?)
ゲルダは目を細めながら気配を探ると、どうやら二人いる。
一人は以前、この店にやってきた事のある少年のようだ。
もう一人は―――
(…ッ! この魔力…まさか…)
ゲルダは目を大きく見開き、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
ごくっと喉を鳴らすと、慎重な足取りで玄関の方へ行った。
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